第20話

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第20話

 三ヶ月分の給料を稼ぐ頃には三人の周囲に人の輪ができていた。当然である。この手の機械は店側の操作で確率調整されているのだ。そうでなくともこんなに連続してアタリを出すのは、もはや超常現象と言わざるを得ない。  イヴェントストライカ、恐るべしだった。 「ハイファ、お出ましだぞ」 「ん、分かってる。まだ煽る?」 「ああ、少しだけな」  囲む人の輪の最前列にダークスーツを身に着けた目つきの悪い男たちが位置し、ユーフェに負けない熱心さで怪しい客が『リモータに仕込んだ海賊版ソフトで八百長』しているのを見破ろうとしていた。間違いなく店側から差し向けられた者たちだ。 「シド、そろそろ大勝負で畳みかけてもいいんじゃない?」 「仕方ねぇな、行くか」  スロットマシンから離れるシドにオーディエンスは輪を形成したままついてくる。次は何に挑むのかとユーフェを筆頭として期待を込めた目で追っていた。  何のツアー客かとハイソな人々までが注目する中、シドは唯一ルールを知っているポーカーゲームの一席を埋める。他のプレイヤーが背後を振り返り、黒山の人だかりに仰け反った。  数倍に観客が増えて仕切り直し、蝶タイに黒ベストを身に着けたディーラーが新しいカードの封を切る。鮮やかな手捌きでシャッフルし、カードを配った。  手札を揃えたシドはチップを一枚投げ出してベットする。右から順番が回ってきて二枚チェンジした。背後から手役(ハンド)をハイファとユーフェが覗き見る。  声を上げそうになったユーフェの口を素早くハイファが手で塞いだ。  常日頃からのポーカーフェイスでシドは掛け金上乗せ(レイズ)を繰り返し、ようやく右隣の強気のタキシード中年がコールをしてシドも倣う。  ショウダウンで積み上がったチップの傍にシドはカードをオープンした。 「ハートのロイヤルストレートフラッシュだ」  尋常でないどよめきが起こり、フロア中の人々が何事かと注視する。 「ねえ、本当にどうなってるの?」 「どうって、見たまんまだけど」 「あん、意地悪。教えてくれないのね?」 「しいーっ、静かに」  三十分が経つ頃には台に突っ伏したタキシード中年の薄い後頭部を眺めていた。もはや壁のようになったチップをシドは一旦クレジットに換金してリモータに収める。  それから更に半時間ほどゲームを続けてAとKのフルハウスをハンドに、機械的に二回目のレイズをしたとき、対衝撃ジャケットの右脇に硬いものが食い込んだ。  お辞儀をするようにダークスーツの男が屈み、密やかに耳許で囁く。 「お愉しみ中に恐れ入ります。お客様に当店のオーナーがご挨拶を致したく――」  断られることを前提としていない、絶対的な響きを持たせて男はシドを促した。  シドに否やはない、これを待っていたのだ。オーディエンスの残念そうな溜息の合唱を背にして席を立つ。当然ながらハイファとユーフェも一緒だ。  六人もの男たちに囲まれてつれてこられたのはフロアの一番奥にあるバーカウンターだった。人払いしたのか十二あるスツールはひとつを除いて全て空いている。  一段高くなったバー・スペースに上がるとシドは急に我に返ったような気がした。静かになったのだ。ここもフロアの音声をキャンセルしているらしい。  真ん中近くのスツールに一人の男が腰掛けていた。  素人目にも高級な生地のスーツの背にはハイファのようにうなじで縛った、こちらは銀髪のしっぽが垂れている。鍛えているのか体つきはごく若い。  それだけ見取ってシドはためらいなく男の右隣のスツールに腰を下ろした。ハイファはその右、ユーフェはその更に右だ。バーテンにそれぞれがドリンクを注文する。  幾ら飲んでも酔わないシドはジントニック、ビール好きらしいユーフェはビターオレンジの大きなグラスを、酔う訳にいかないハイファはミモザを手にした。  ロンググラスを傾けながらシドが口を開く。 「用があるなら、まずは名乗って貰おうか」 「ふっ。大した度胸だな、いいだろう。私はレクター=ブラッドレイだ」  釣れた大物をハイファは観察した。テラ標準歴で四十代前半くらいか。さも可笑しそうな表情の横顔はポラで見たより色男である。 「では、そちらの名を訊こうか」 「シドだ。こっちは相棒のハイファス。向こうはおまけだ」 「何処から来た?」 「テラ本星セントラルエリア」 「ほう。大層なものをぶら下げているが、それで表を歩ける人間……麻取か?」 「あんたのところでは麻取を警戒するシノギを持っている、そうなのか?」 「答えられない質問をするんじゃない、シド」 「マフィアに馴れ馴れしくされるいわれはねぇな」  いよいよ可笑しそうにブラッドレイ・ファミリーの首領(ドン)は肩を揺すり、ショットグラスを煽る。水色の目を落とした中身は血のような液体、ブラッディウィスキーのようだ。 「麻取じゃないな、奴らは正体を隠蔽(カヴァー)することに執着する……刑事か?」  否定はせずにシドは更に訊いた。 「ミカエルティアーズを知っているか?」 「ナイトリーファミリーだな。あれには客を食われて正直、参っている」 「潰したいとは思わねぇか?」  そこで初めてレクターはまともにシドの方を向く。 「本星の刑事が管轄外で、どういうつもりだ?」 「訊いてるのはこっちだ」 「ナイトリーとは互いのシノギに不可侵と、取り決めをしていてね」 「そうか」  シドはグラスを置いて言った。 「ハイファ、ユーフェ、用は済んだ。出るぞ」  立ち上がったシドをレクターの声が留めた。 「待て。荒らすだけ荒らして、ここから無事に出て行けるとでも思っているのか?」 「出て行くさ、血路を開いてでもな」 「ふむ、全く大した度胸の刑事がいたものだ。だがそのおまけは置いていくがいい」 「ユーフェを、か?」  当のユーフェは昂然と顔を上げてレクターを見つめている。 「知らんとは。その娘はユーフェミア=ナイトリー、ドン・ナイトリーの一人娘だ」
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