第25話

1/1
前へ
/49ページ
次へ

第25話

 いつものように窓際に座ったシドは窓外をじっと眺めた。恒星シンノーの光が燦々と降り注ぐ地上から遠ざかるにつれ、水色だった空気が青くなり群青色となって徐々に夜をまとい始める。  数分と掛からず紺色の外気に星が瞬き始め、それがあっという間にシンチレーションを止めてクリアな輝きで自己主張をし出す。  漆黒のビロードにダイアモンドの粒を撒き散らしたような光景を暫し見つめ、納得したシドは振り返って、ハイファの隣をしっかりキープしているユーフェに訊いた。 「どのくらいで着くんだ?」 「ショートワープを挟んで四十分よ」  丁度テラ本星からタイタンに向かうのと同じだ。なるほどと思い、また窓外に目をやった。十時二十分にショートワープ、五体が砂の如く四散していくような不可思議な感覚を味わう。  それぞれの研究エリアにひとつずつ宙港があるだの、居住区は小さな街の体を成しているがやはりそれは擬似的なものなので、勤める人間には割合多くの休暇が与えられ、人々はフギに出てくるなどという解説をユーフェはハイファにしていた。  そういった予備知識を溜め込んでいる残り二十分は短かった。  到着寸前に艦内の電波を拾い、シドとハイファはリモータに第三惑星ジョカの天符大陸標準時間をテラ標準時と並べて表示する。 「ジョカは自転周期が二十四時間四十四分二十四秒と。テラ標準時と大差ないね」 「着いたら朝の九時って巡りが吉と出るか凶と出るかだな」  夜の方がセキュリティを誤魔化しやすそうだが、不審行動は明らかに目につく。その点、昼間なら他の人間に紛れることも可能かも知れないとシドは思う。  精確な座標さえ確認できればテラ系有人惑星の上空に必ず上がっている軍事通信衛星MCSを経由し別室リモータでテラ連邦軍ジョカ基地に強権発動、空爆依頼を出せばいいのだ。  何が何でも木っ端微塵にしてやると胸に誓いながら何となくバイヤーもどきたちを見ると、気迫に圧されたように彼らはシドから目を逸らした。  第三惑星ジョカの天符Ⅵ宙港へと小型宙艦は無事に接地した。シドとハイファにユーフェ、それに紺のスーツが艦から降りる。エアロックを抜けた所でバイヤーもどきが訊いてきた。 「帰りはどうする、時間指定で迎えにくることは可能だが」 「有難いが、俺たちは俺たちで帰る算段をつけるさ」 「そうか、ならば健闘を祈る。ドン・レクター=ブラッドレイも期待している」 「ふん。マフィアと馴れ合うのはここまでだ」 「食われないよう気を付けるんだな」  気を悪くした風でもなく言い捨てて、バイヤーもどきは宙艦の中に引っ込んだ。  生暖かい風が吹き、白いファイバの宙港面に立っていると照り返しでじっとり汗ばんでくるような陽気だった。シドはここにも燦々と光を降り注いでいる恒星シンノーを仰ぎ見た。 「どうしたの、シド?」 「いや、薬屋のオヤジがジョカとフギとシンノーの話をしてただろ」 「ああ、太古の神トリオね。第三惑星ジョカは創造神のジョカ、第四惑星フギは伏義(ふくぎ)に通じて、この二人の兄妹だか夫婦だかの神サマとシンノー、神農(しんのう)を合わせて三帝だっけ」 「神農は薬に貢献して、舐めたものが毒なら透明な内臓が黒くなって知らせたんだっけな」 「でも結局は毒が溜まって死んじゃったんだよね。で、それがどうかしたの?」 「毒をたっぷり溜め込んで、ここの神農はいつ墜ちるんだろうって思ってさ」  またも違法ドラッグ中毒者による犯罪被害者を思い浮かべて、シドは恒星シンノーをそれこそ射落とさんばかりに睨む。つられてハイファも眩い光を仰いだ。  空を眺めて動かない二人を前にユーフェがハイヒールの踵を鳴らす。 「ちょっと。行くの、行かないの?」 「あっ、ごめん。行くよ」  ハイファの片腕を取ってユーフェは歩き出した。シドも続く。歩きながら辺りを見渡すと、思っていたよりも広い宙港面には多数の宙艦が停泊していた。  スーツの人間が乗り降りしている小型宙艦もあってバイヤーと思われる者が結構いることに安堵する。専用コイルもあったが、小型宙艦から降りた者は皆、自前の足で歩いて宙港施設に向かっていた。  大型貨物艦も数艦停泊していてリフトコイルで荷物の運び出しをしている。コンテナの中身が生活物資か薬の原料かは分からない。  眺めるに宙港ビルは五階建てだが二次元的に大きい。そしてパラボラアンテナや管制塔のある宙港面を含めて、全てが内側に湾曲した壁に囲まれている。底の抜けた半球を被せた形だ。壁の色はグレイ、高さは十メートル以上あった。これも何のためのものなのか不明だ。  五分ほど歩いて宙港ビルに辿り着いた。中に入ると涼しくてホッとする間もなく、通関並みの機器の森をスライドロードに乗って通過する。  だが臭気分子探知機などはクリアしたが、早速X‐RAYで二人の銃とシドの胸に入っているワイアが引っ掛かった。警備員が四名も駆け付けて二人を取り囲む。  慌ててユーフェが設置された端末に走り、ドン・ナイトリーが手回ししたらしいパスコードを手に入れ、二人のリモータに流し込んで事なきを得た。 「意外と銃の持ち込みは簡単なんだな」 「だってここにはマフィアも出入りするもの。外来者としてのパスコードさえちゃんとしていれば五月蠅くは言われないわ」  シドとハイファはまだこちらを見つめている警備員が提げたサブマシンガンを強く意識した。それは個人の小火器などものの数ではないのだと暗に告げているようだ。  ともあれパスコードを翳せばユーフェの出入りする所なら女子用トイレと更衣室以外、何処にでも入れるという話でミカエルティアーズ工場を探り出すべく宙港ビルをあとにする。  外にはコイルが何台も駐められていて、その一台にユーフェは乗り込んだ。シドとハイファも倣い、三人揃ってベンチシートの前部座席に座るとユーフェが座標指定して発進させる。
/49ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加