第27話

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第27話

「見事な人でなしっぷり、ご苦労だな」 「思わせ振りな言葉だって僕はひとことも口にしてないからね」 「勝手に熱上げた、それだけだってか?」 「責められるのは心外だよ。煽ろうとしたのは、どっちかって言えば――」 「俺だな、すまん。同罪以下だ。ビンタされるのは俺でいい」 「へえ、殊勝な心がけだね」 「女からビンタ食らうのには慣れてるからな」 「何それ、自慢?」  窓外を見れば二十メートルほどの渡り廊下の中央からは別のドーム壁で仕切られていた。反対側の建物に辿り着くとリモータチェッカに左手首を交互に翳す。センサ感知であっさりオートドアが開いた。  そこは廊下で何のことはない、白衣の人々が行き交っていた。いかにも昼休みといった雰囲気の人々に紛れて歩き出す。 「構造的にはここもさっきの研究棟と同じ、細かい部屋ばっかりだ。地下も同じか」 「もうひとつ向こうまでがゼナス製薬の建物になってるよ」 「ユーフェがここを工場だと思い込んでたんだ、渡り廊下で串刺しになったそこかも知れねぇな。どうする、ここをとばして向こうに渡るか?」 「うーん、そうだね。今の時間が狙い目かも」 「なら急ごうぜ」  廊下をコキコキと曲がって建物を半周し、また渡り廊下のリモータチェッカにリモータを翳した。だが認識されない。  そこでまたハイファがシステムをダマくらかしてロックコードを手に入れる。情報泥棒する二人に目を留める者もいたが、隠す素振りを一切見せないせいか、注進に及ぶようなお節介は幸いここでも現れなかった。  渡り廊下を進み、違うドーム壁の区画に入る。ゼナス製薬の残り最後の建物に辿り着いた。この建物は四角くなく円筒形をしている。今までとは趣が違うのにシドは僅かに期待をしつつリモータチェッカをクリアした。ハイファと共にそっと足を踏み入れる。  出た所は廊下だったが誰も歩いてはいなかった。だが静けさが漂っているかといえばそうでもなく、一定リズムの振動が空気を震わせている。 「工場の機械かな?」 「かも知れん。どっちだ?」 「下かも。構造図では五階建ての三階までが吹き抜けの筈なんだよね」 「少し回ってみようぜ」  人の気配がないので自然と足音を忍ばせる形となった。靴音を立てないように円形の湾曲した廊下を辿る。先の先が見通せないので神経を張り詰め、いつでも銃を抜ける体勢だ。  それでも難なく半周近くを歩き、いい加減に誰かに出遭いそうだと警戒していると急に空気の流れが変わった。円周の内側の壁が一部途切れたのだ。腰の高さまでの壁には手すりがついていて階下を見下ろせるようになっている。勿論二人は遠慮なく覗き込んだ。 「うわあ、ビンゴだ」 「間違いねぇな。ミカエルティアーズの生産ラインだ」  目下ではローラーコンベアに載って無数の小さな目薬のボトルが流れている。完全オートメーション化されているらしく人影は皆無だ。  マシンの動きもそれぞれが滑らかで僅かな振動を発している以外殆ど無音に近い中、『悪魔の雫』とも呼ばれる『天使の涙』はユーザーの手に渡るべく完成品が刻々と吐き出されている。 「ハンパな量じゃねぇな。ふざけやがって、何が製薬会社だ!」 「これだけ出回れば解除薬も品薄になる筈だよね……って、貴方何するの?」  レールガンをシドは抜き出していた。 「ラインを止めるんだ」 「ここでぶちかますつもりなの? ちゃんと座標も取ったし、あとは空爆で――」 「ピンポイント爆撃までに流れたブツが、また誰かを犠牲にするかも知れねぇだろ」  切れ長の黒い目の煌めきを見てハイファは思った。  あとを他人任せにしてはシドの中でケリがつかないのかも知れない。この一年半、ずっと見え隠れしては様々な事件に絡んできたのがミカエルティアーズだった。  薬物は厚生局の麻取の管轄である上に、これが本当の終わりではないにしろ発端から関わった身として供給を自らの手で断つことがシドの悲願だったとも云えるのだ。 「できるだけ穏便に……いい?」 「分かってる、止めるだけだ」  発射音を抑えるためシドはレールガンの最弱パワーモードをセレクトする。狙い所など分からないが、とにかくデカいマシンの駆動部と思しき辺りに向けて三射を放った。ガシュッというレールガン独特の発射音は、低い溜息のようにハイファには聞こえた。  だがそれによって工場のラインはギギギーッと不穏な音を立てたのち、ギャリギャリと神経を擦り上げるような不快な音を響かせた。  それがまるで断末魔の叫びだったように見ているうちにラインはガクンと停止する。 「やった、止まった!」 「――しっ、誰かくるぞ」  自分たちがやってきた方向、廊下の先に気配が湧いていた。明らかに人が近づいてくる。 湾曲した外側の壁にライトパネルで照らされた影が映った。 「サブマシンガン、拙いよ、セキュリティだ」 「逃げるしかねぇな。この先、行くぞ」 「ヤー」  足音と気配を立てないよう走り出さずに早足でその場から遠ざかる。息まで殺して歩くこと十数メートル、今度は前からも人の話し声が近づいてきた。 「わあ、挟まれちゃったよ」 「じゃあそっちだ」  シドが指したのは更に奥の建物へと向かう渡り廊下の入り口である。迷うヒマもなければロックコードのハッキングをしているヒマもない。二人はリモータチェッカにリモータを翳す。  願いが通じたか認識され小さなグリーンランプが灯る。センサ感知してシドは先にハイファを渡り廊下に押しやり、自分はあとから滑り込んだ。  間一髪でオートドアが閉まり金属板一枚を隔てて複数の人の気配を感じた。二人はなるべく躰の力を抜いて十秒ほどその場に留まったが、オートドアが開く気配はなかった。 「さて、退路なしだよ。ここから先はアルフレート新薬だったよね」 「ついでだ、見学でもして行こうぜ。それで玄関から失礼してこればいい」 「暢気でいいよね、あーたって」 「悲観的になったら何かが変わるのかよ? シンノー星系が誇る最大手製薬会社見物に行くぞ、ほら」 「僕が撃たれて死んだら幽霊になっても傍に置いてくれる?」 「毎日カリカリと猫缶を交互に供えてやる」 「タマじゃないんだから」 「料理できねぇからな」 「僕が逝けば貴方はゴミ溜めでアルコール生活。死ねない、絶対成仏できないよ~」
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