第3話

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第3話

 だがシドも負けていない。 「ここにいても同報なんか入らないじゃないですか」 「それはそうだろう、同報を入れるのはいつもキミなのだからな。全く、一般通報前どころか下手をすればホシより先に現着しているなどと、ミラクルなことはやめてくれたまえ」 「現着が早いのは便利じゃないですか」 「そういう問題じゃないんだ。このテラ本星で誰が躰を張った犯罪などという割の合わないことに手を染めるのだね。なのに何故かキミの前ではそれが起こる――」  酷い右下がりの文字で書類を埋めながら、シドはもう課長の愚痴に返事もしなかった。僅かな時間も無駄にできない。ヒマでも見つけて書いておかねば溜まる一方だ。  こうしている間も同僚たちは居眠りをし、噂話に花を咲かせ、ホロTVを眺め、鼻毛を抜いて長さを比べ、本日の深夜番を賭けてカードゲームに熱中している。  なのに自分たちは書類地獄、残り五枚と始末書が二枚だ。大変にアンフェアな状況だとシドは思う。  始末書は衆人環視での発砲に因るものだ。  シドとハイファは二人の出会いとなった八年半前の広域惑星警察大学校・通称ポリスアカデミー初期生とテラ連邦軍部内幹部候補生課程の対抗戦技競技会で動標射撃部門にエントリーし、共に過去最若年齢にして最高レコードを叩き出して未だにその記録は破られていないという超A級の射撃の腕の持ち主だ。誤射などしたことはない。  だが考えられる危険性から一般人のいる場所での発砲は警察官職務執行法違反となり、連日のごとく始末書A様式に向かうハメになっていた。  そもそも太陽系では普通、私服司法警察員は通常時の銃所持を認められてはいないのだ。せいぜいがリモータ搭載の麻痺(スタン)レーザーくらいである。しかしシドに限ってはもはや銃は生活必需品、捜査戦術コンも必要性を認めていた。  何気なく隣のハイファの進捗状況を窺う。若草色の瞳と目が合った。  にっこり笑ってハイファは口ずさむ。 「イヴェントストライカ、『シド=ワカミヤの通った跡は事件・事故で屍累々ぺんぺん草がよく育つ~♪』ってね」 「テメェ、ハイファ、殺されてぇのか!」 「抜くなんて酷い! それもマックスパワーでスプレッドにしようだなんて!」 「五月蠅い、お前こそ抜いた上に撃鉄(ハンマー)起こしやがって! 俺の頭で西瓜割りしようってか!」  ハイファの首筋にねじ込んでいるシドの銃は巨大なレールガンだった。  針状通電弾体・フレシェット弾を三桁もの連射が可能で、その威力たるやマックスパワーなら五百メートルもの有効射程を誇る危険物だ。惑星警察の武器開発課が作った奇跡と呼ばれる二丁で一丁は壊され二丁めである。  右腰の専用ヒップホルスタから下げてなお突き出した長い銃身(バレル)を、ホルスタ付属のバンドで大腿部に留めて保持していた。  一方のハイファもイヴェントストライカのバディを務める上で銃は必須、休日であろうと外出時に執銃は欠かせない。  シドの顎の下に突き付けているのは火薬(パウダー)カートリッジ式の旧式銃だ。薬室(チャンバ)一発ダブルカーラムマガジン十七発、合計十八連発の大型セミ・オートマチック・ピストルはAD世紀末にHK社が限定生産した名銃テミスM89と云いたいがそれをコピーした品で、上着の懐、左脇にショルダーホルスタでいつも吊っている。  使用弾は認可された硬化プラではなくフルメタルジャケット九ミリパラベラムで、異種人類の集う最高立法機関である汎銀河条約機構のルール・オブ・エンゲージメント、いわゆる交戦規定に違反していた。  銃本体もパワーコントロール不能でこれも本来違反品だが私物を別室から手を回して貰い、特権的に登録し使用しているのだ。 「誰もバディのなり手がいなくて、苦節五年でやっと得た僕に酷い仕打ちだよね!」 「ふん、お前なんかスパイに戻っちまえ!」 「それをここで言わないでよ! 軍機だって何回言えば分かるのサ!」 「知るか! 俺にはンなもん関係ねぇ――」 「キミたちこそ、危険なオモチャで遊ぶなと、何回言えば分かるのかね?」  見ればヴィンティス課長がこめかみを揉んでいる。そしてデカ部屋内は異様に静かになり、ケヴィン警部が胴元で今日はどちらが勝つかの賭けが進行中であった。シドの隣の席の後輩ヤマサキはデスクの下に退避している。  胃薬に続いて増血剤も食い終えた課長がリモータを見て声を張り上げた。 「九時半、時間だ。一分署への補填警備要員は集まってくれ」  シドとハイファは睨み合ったのち、するりと銃を仕舞った。制服着用の人員がわらわらと押し寄せてくる。課長が咳払いをした。 「あー、ゴホン。本日十三時からの一分署管内の月輪(がちりん)()講堂における『アリス=デリンジャー・テラ連邦ツアー初日イヴェント』だが、それぞれの職分をしっかり護って事故等のないよう務めて欲しい。では、出発して一分署警備部の指揮下に入ってくれたまえ」  僅かに残された同報待ちの在署番以外、黒制服の全員が挙手敬礼して移動を開始した。シドとハイファも書類を中断して制帽を被る。  立ち上がったシドは椅子に掛けていたチャコールグレイのジャケットを手にした。 「えーっ、上からそれ着ちゃうの? せっかく胸の略綬がすごいのに」  イヴェントストライカは始末書の数もすごいが、検挙率もハンパではない。制服の胸には特級射撃手徽章の他、総監賞略綬がずらりと並んで輝いているのだ。  だが本人は何処吹く風で、裾が長めのジャケットに袖を通してしまう。 「勿体ないなあ、制服も半分隠れちゃうし」 「こっちこそが俺の制服だからな」  このジャケットは特注品で、挟まれた衝撃吸収ゲルにより、四十五口径弾をぶち込まれても余程の至近距離でもなければ打撲程度で済ませる対衝撃ジャケットだ。生地はレーザーの射線もある程度弾くシールドファイバ、自腹を切ったその価格も六十万クレジットの品だった。  それでも命の代償とすれば安いもの、もう何度命を拾ったか分からない。 「ほら、行くぞ。置いてかれちまう」  デカ部屋からオートドア二枚で緊急機の駐機場だ。緊急機はBEL(ベル)、BELは反重力装置を備えた垂直離着陸機で、AD世紀のデルタ翼機の翼を小さくしたような機体である。  二人を含めた七分署機捜課の半数を越える十八名が三機に分乗した。シドとハイファの機では一番ペーペーがハイファだったので、立場上ハイファはコ・パイロット席に腰掛けた。バディのシドはパイロット席に着いたが、特に何をするでもない。  反重力装置を起動したハイファは、月輪寺講堂管理ビルを座標指定するとオートパイロットのスイッチを入れる。テラ連邦軍でのBEL手動操縦資格・通称ウィングマークを持つハイファだが、軍機でもあり、ここで腕は披露しない。  三機の緊急機は気象制御装置(ウェザコントローラ)が一片の雲まで吹き飛ばした蒼穹へテイクオフした。 「アリス=デリンジャーが生で見られるかも知れないっスよね?」  と、後部座席でヤマサキ。主任のゴーダ警部がヤマサキの頭をペシリと張る。 「ミーハーなこと抜かしてポカやるんじゃねぇぞ」 「痛てて……少しくらいはいいじゃないっスか、アイドルは心のオアシスですよ」  ヤマサキのバディであり、ポリスアカデミーでのシドの先輩であるマイヤー警部補が、涼しい顔で意外にも援護射撃した。 「確かに長命系星人のアリス=デリンジャーは、テラ人の目にも心地良いですね」 「そうっスよ、美人っスよね」 「ヤマサキお前、女は娘が一番なんじゃなかったのかよ?」  これでも二児の父であるヤマサキがヒマに飽かせて、いつも二人の愛娘の3Dポラを眺めてはデレデレしていることを知っていて、シドが混ぜ返す。 「そうですけどね、アイドルは別格っスよ」  ヨシノ警部が首を捻る。 「俺には分からんなあ。あんなぺったんこで手足ひょろひょろの何処がいいんだ?」  しみじみ言ったので皆で笑った。男やもめのヨシノ警部は業務課との合コンにおいて七分署一ボインボインのミュリアルちゃんに果敢にアタック、現在交際中なのだ。  よそと比べて不思議なほど女性率の低い職場の野郎どもは、個人の趣味で暫し盛り上がったのちに、再びアリス=デリンジャーへと話題を戻す。 「でもアリス=デリンジャーって、何歳だか分からないですよね?」 「ハイファスさん、夢を壊すようなことはNGっスよ」 「実際、長命系星人は寿命も二百年から五百年、嘘か真か千年の記録もあるといいますしね。私たちより年上なのは確かじゃないでしょうか」 「わ、マイヤー警部補までそんな……」  いやに真剣にアリス=デリンジャーを推すヤマサキを皆が揶揄しては小突いた。 「いいっス、俺は七分署機捜課・アリスちゃんを守る会の会長を立派に勤め上げるっスから」 「でも、事実アリス=デリンジャーはテラ連邦にきて長いんだろ。TVにこれだけ露出する前にはドサ回りしてたって噂じゃねぇか」 「シド、貴方やけに詳しいじゃない?」 「昨日TVでやってただろうが。視てなかったのかよ?」 「んー、本名が僕らには発音不能っぽいってところだけ」 「ビシャヤ星系人でしたよね。天駆けるアイドル、いいっスね~っ!」
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