第4話

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第4話

 飽かずヤマサキのアリスちゃん礼賛が続く中、シドは窓外の景色を見下ろした。超高層ビル同士を串刺しして繋ぐ通路のスカイチューブが都市を分断し、その下の大通りには色とりどりのコイルが列を作っている。  僅かに地から浮いて走るコイルも小型反重力装置駆動で騒音も排気もない。お蔭で空気はクリーン、七分署管内の最末端である倉庫街までがくっきりと眺められた。  テラ本星セントラルエリアは官庁街を中心として、一分署から八分署までケーキを切るように放射状に管轄分けされている。七分署の隣が八分署、次が一分署という具合だ。  月輪寺講堂は一分署管内の郊外でさほど遠くないが、今日は件のアリス=デリンジャー・テラ連邦ツアー初日イヴェントで航空交通規制も掛かっているために、多少の時間が掛かった。  それでも署を出てから十分ほどで緊急機は降下を始める。  ランディングしたのは広大なコイル駐車場の中にそびえるイヴェント管理ビルの屋上駐機場だった。本日の警備はこの管理ビルを第一ベースとしている。第二ベースは同じ敷地内にある月輪寺本堂で、第三ベースがツアーイヴェントを開催する講堂の楽屋裏となっていた。 「おーし、みんな降りろ。オープン回線にしておけよ」  主任のゴーダ警部の音頭で皆がリモータ操作したのち機を降りて、まずは透明な風よけドームに覆われた屋上から外を眺める。  広大な駐車場の向こうに月輪寺本堂があり、その裏手には巨大な亀の甲羅のようなイヴェント専用ドームが膨らんでいた。このドームが本日イヴェントが行われる講堂で、用のないときはコンパクトに畳まれているものだ。  別室入りする前にはスナイパーをしていたハイファが抜群の視力で状況を見取る。 「もうあんなにコイルが駐まってる。向こうに行列ができてるよ」  こちらも目のいいシドは何千人かの行列を眺めてご苦労なことだと思う。TVで視た方がなんぼも良く見えるだろうに、今日は五万人も集まるのだ。 「いいか、第一ベースに行くぞ」  ゴーダ警部の仕切りで先にランディングしていた二機の乗員も一斉に動いた。  屋上面を横断し、八基あるエレベーターで分かれて、五十八階建て管理ビルの二十階へと降りる。二十階大会議室に第一ベース本部はあった。  長机とパイプ椅子が並んだ本部は、もうこの時間から慌ただしい空気が流れていた。取り敢えず七分署機捜の応援隊員たちはパイプ椅子に腰掛ける。すぐに一分署警備部の警部がやってきて、シドたちも立ち上がり相互に敬礼して労い合った。 「応援ご苦労様です。では早速だが本日のタイムテーブルと分担表を流すので、それに従って各人、間違いのないよう動いて貰いたい」  リモータリンクで流された分担表には、前もって提出してあった人員表に則り、巡回や立哨に昼食や休憩時間までがマップとセットで載っている。 「観客の完全撤収予定が十六時か。結構長丁場だな」 「シドと僕は第二ベース付近の巡回からだね」 「十時からか。現在時、九時四十三分。もう行かねぇと」  人員が動き出した。シドたちも廊下に出てエレベーターで一階に降りる。エントランスを出ると緊急コイルに便乗させて貰い、第二ベースの月輪寺本堂へと向かった。  八時から歩哨に就いていた前任者が丁度捕まったので少し早かったが二人は申し受けをして巡回を始める。全席指定だというのに早々とやってきた一般客が第二ベース付近まで行列を作っていて、まるで祭りのような高揚感が辺り一帯に漂っていた。  だが人間の心理まで研究し尽くして動線が設定されているためドームへ向かう人々は、その人出の割に混雑しているように見えない。何台も設置されたオートドリンカで飲料を買う人々は制服婦警に誘導され、割り込みなどの揉め事も回避されている。  それらを眺めつつシドとハイファは肩を並べてファイバの地面を歩き出した。だが十五分もしないうちにハイファはつまらなそうに欠伸を噛み殺す。 「うーん、歩いてるだけってヒマかも」 「警官の格好で歩いてることに意味があるからな」 「牽制でしょ。分かってるんだけどね」  コースは第二ベースの本堂周囲をぐるりと回り、客の列に沿ってドーム講堂まで行き、また戻ってくるというものだ。十二時までこれを繰り返す。  左側に本堂を置き、反時計回りに巡回をしながらシドは和風の建築物を仰いだ。 「それにしても何で寺なんだ? 今どき宗教でもねぇだろうに」 「これは元所有者のテラ連邦議会議員ヒューゴー氏の趣味だよ。最初は亡くなった奥さんを(いた)んで建立したんだけど、後妻さんを貰って結局どうでも良くなっちゃったみたい。あとからドーム講堂を付け足したりして挙げ句、お金儲けに走って星系政府に売っちゃった」  ハイファはテラ連邦でも有数のエネルギー関連企業ファサルートコーポレーション通称FCの現会長を父に持つ。血族の結束も固い社でハイファ自身も名ばかりながら代表取締役専務の肩書きを持たされていて、故にやくたいもない知識を山と詰め込んでいるのだった。 「ふうん、こいつは星系政府の管轄なのか」 「それで警備員でもない僕たちが駆り出されてるの。貴方資料読んでないでしょ」 「忙しすぎたんだ、仕方ねぇだろ」 「貴方が忙しければ、僕も同じだけ忙しいの、ご存じですか?」 「へいへい、すみませんね」 「それに僕は昨日、FCの書類だってあったんだから。決裁書類百二十二枚だよ?」  FCから催促のリモータ発振が入り慌てて溜まった書類を捌いていたために、TVも殆ど視るヒマなどなかったのだ。 「ご苦労さん。でもお前も道を踏み外さなきゃ今頃はFC社長だったのにな」 「踏み外したつもりはないよ。所詮僕は妾の子だったしエンジュ母さんが死んで四歳で認知されて引き取られてから、受けた教育が無駄だったとは言わないけど」 「だからって外道なスパイになるとはな」 「外道ねえ。ともかく僕はトコロテン方式の社長の椅子なんか背負いたくなかったからね。軍に入って銃を撃ってみたかった。お蔭で十六歳のシドにも出会えたし」 「ふん、ガンヲタが。けどFC役員に別室員に刑事とは、お前も忙しい男だよな」 「そんな僕でも資料を読むヒマはあったんだから――」 「分かった分かった。そうガミガミ言うなよな」  周囲を警戒しつつ小声で喋りながらゆっくりと本堂を半周すると観音開きの扉が大きく開け放たれている場所に出た。そこには賽銭箱が置いてあり、ガラガラ鳴らす鈴のヒモが下がっている。  賽銭箱にはデジタル表示があり『ガラガラ』を鳴らせば勝手にリモータリンクで百クレジットを分捕るという極めてヤクザ的なシステムだ。  開放された扉の中を覗き込むと人員が詰めている背後には、ピカピカの金色に輝くデカい仏像が十字架を背負って据えられているのが見えた。  「何か、色んな宗教が混ざってねぇか?」 「うーん、奥さんの冥福を祈りたいっていう気迫の残骸みたいだね」 「冥福なあ。こうも周りが五月蠅いと成仏できねぇ気がするけどな」 「僕なら静かでも貴方のところに化けて出るよ」 「縁起でもねぇな。実際、あのときは死んだかと思ったからな」 「あのとき? ああ――」
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