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第5話
約一年半前、まだ惑星警察に出向前のハイファが別室命令でシドと初めて組んだ。
とあるテラ連邦議会議員がアンドロイド、つまりはセクサロイドというヤツを手に入れた見返りに、他星のマフィアからミカエルティアーズという目薬タイプの違法麻薬の密売ルート開拓を迫られたのである。
それを告発するために二人は捜査を始めたのだ。
テラ連邦圏でアンドロイドはご禁制物トップ項目だ。人間主体の社会システム維持と資本主義を支える需要と供給のバランスを崩さないために、製造することも禁止されている。
ともあれ摂取して最高に効いた状態で眠ると何をしても起きなくなる、流行り言葉では『神に魅入られる』という副作用のあるミカエルティアーズは上流階級のみに流れ捜査は難航を極めた。だが二人の捜査の甲斐もあり件の議員は当局に拘束された。
しかしそれで終わりにならなかった。議員が雇った暗殺者に二人は襲われたのだ。
暗殺者の手にしたビームライフルはシドを照準していた。けれどビームの一撃を浴びたのはハイファだった。シドを庇ったのだ。
現代医療は心臓を吹き飛ばされても処置さえ早ければ助かるレヴェルにあり、お陰でハイファは生還したが現在のハイファの上半身は半分以上が培養移植ものである。
「あのときはマジで参ったぜ」
「確かに自分でも死んだって思ったよ。でも現代医療はともかく、あの薬屋さんが特殊な漢方薬を注射してくれなかったら、たぶん死んでたよね」
「あの薬屋のオヤジとは付き合いが長いからな」
「いつから違法ドラッグの密売を見逃してるの、悪徳警官サンは」
「ふん、ケチな小金稼ぎだ。けど情報屋としての付き合いは五年近くになるな」
「へえ、十八で任官して一年くらいでもう悪徳警官だったんだね」
「うるせぇな、あのオヤジがいなけりゃ死んでたんだぞ」
「はいはい、生還して貴方の告白が聴けたのも、牽いては貴方のお蔭です」
あの一件で完全ストレート性癖のシドがハイファに堕ちてしまったのだ。
生死の境を彷徨ってようやく病院のベッドで目を開けたハイファに、シドは『この俺をやる』宣言をしたのである。失くしそうになってみて初めて失いたくない存在に気付かされたシドは、親友という立場にプラスして一歩を踏み出す決心をしたのだ。
七年間もシドを欲しがっていたクセにハイファは信じられないという顔をした。
女性大好きなシドを相手に一生の片想いを覚悟していたのである。尤もシド自身にとっても青天の霹靂ではあったのだ。故にうろたえ、未だに職場ではハイファとの仲を否認している。
ペアリングまで嵌めて矛盾している、自分が滑稽だと分かってはいるのだ。だがポーカーフェイスに照れを隠した諦めの悪い男は今更主張を翻せずに最近はドツボに嵌っている。
「あのとき死んでたら、僕は貴方の背後霊だったんだね」
「取り憑くつもりかよ」
「貴方は死んでも幽霊にならなくていいからね。すぐに僕もいくから」
「俺としてはスッパリ忘れて、今度はいい女とでも付き合って欲しいんだがな」
「嫌だよ。僕は貴方のいない世界に用はないから」
「生きてる間はともかく、俺は死んでまでお前を縛るつもりはねぇぞ」
「僕の勝手だから放っといてよ。でも確かにあーたは簡単に成仏しそうな人だよね」
ピカピカの仏像を眺めるのに飽き、二人は再び歩き始めた。
「それはともかく例の違法ドラッグだ。薬屋情報だと、もうすぐミカエルティアーズが大量に出回るんだよな」
しなやかな足取りで歩を進めるシドはポーカーフェイス、だがハイファは切れ長の目に悔しさが煌めくのを見逃さない。
あのときのマフィアは別室が壊滅させた。しかしそのマフィアというのが太陽系の出入り口である土星の衛星タイタンからワープたったの一回という近さにあるロニア星系第四惑星ロニアⅣのマフィアだったのは痛かった。
テラ連邦に加盟しながらもテラ連邦議会の意向に添わない星系があるのが実情で、その筆頭が四六時中紛争を繰り返しテロリスト輩出の温床になっているヴィクトル星系であり、『人口より銃の数が多い』というのがキャッチフレーズのロニアだ。
ロニアは林立したマフィアファミリーがテラ連邦議会の認可を得られないカジノや売春宿、汎銀河条約機構の交戦規定に違反する武器を使わせるツアーや違法麻薬などを提供し、それを目当てに群がる人々が外貨を落とすという悪循環も最たる状況になっている。
そんなロニアでひとつのファミリーが潰れても、あっという間にそのシノギを同業他社が引き継いでしまうのは当然のことだった。
現在ではミカエルティアーズは幾つものマフィアファミリーが成分解析し、合成に成功している。そのファミリーのひとつが分家に指示し他星に場所を変えて、今度は大々的に生産を始める……それが情報屋である薬屋のオヤジから先日二人が聞いた話だった。
違法麻薬は本来ならば厚生局の麻取の管轄だ。だがミカエルティアーズはハイファを殺されかけた一件と絡めて、シドにとっては拘らざるを得ないクスリなのである。
そんなことを考えながらもシドは周囲警戒を怠らず、コースをゆっくりと四周したところで十二時五分前には次のシフトの者に『異状なし』を申し送った。
「で、昼メシだっけか?」
「そうだね。次のシフトが会場警備だから、一番近い第三ベースでお昼だよ」
本堂をあとにして二人はドーム講堂に向かう。ドーム外側をぐるりと歩いて裏手に回り、警備関係者専用口の脇にあるリモータチェッカに交互にリモータを翳した。
IDコードが登録済みと認識されてオートドアが開く。中の廊下は狭かったが高い天井からライトパネルが煌々と照らしているので狭苦しさは感じない。
だが妙に圧力を感じるのは同じ構造物内に桁外れの数の人間の気配があるからだ。
お上が持ち主のここでは今回、殆どの警備が惑星警察に任されているが、多少は民間も雇われているらしい。『警備会社様』の札の下がった部屋を通り過ぎ、マップ通りに第三ベースへと辿り着くと、ここでもリモータチェッカをクリアしオートドアから足を踏み入れた。
室内はデカ部屋ふたつ分くらいの広さでパイプ椅子が至る所に置いてあり、それに座って百名近い同輩が食事をしたり茶を飲んだり、煙草を吸ったりしている。
シドも煙草を吸いたいのを我慢して、先に昼食をやっつけることにした。ハイファが弁当と保冷ボトルの緑茶を調達してくる。
適当な場所に椅子を確保し二人は食事を始めた。弁当はヒモを引っ張れば温まるタイプで、味は可もなく不可もない。もそもそと食べ終え、弁当ガラを片づけると、シドはいそいそと煙草を咥えて火を点けた。灰皿は大きな缶が床に直接、これも至る所に置いてある。
ニコチン・タールなどの有害物質が煙草から消えて久しいが、企業努力として依存物質は含まれていた。それに縋る哀れな中毒患者をハイファは微笑んで見つめる。
そこにゴーダ警部とバディのナカムラという最近警備部から私服に転向してきたペーペー巡査に、マイヤー警部補とヤマサキの四名がやってきた。
「おいおい、ここにイヴェントストライカがいるってことは会場警備なのか?」
自分の与り知らぬ特異体質に言及されるのをシドは何より嫌っている。斜に構えてゴーダ警部を睨んだが、しかし鬼瓦のような笑いは揺らがない。
「イヴェントストライカ、イヴェント中に自らイヴェント企画するんじゃねぇぞ」
面白くもないことを言ってゴーダ警部はシドの肩をごつい手で叩き、煙草を咥えてあちこち探った挙げ句に火を要求した。シドはオイルライターで火を点けてやりながら、腹立ち紛れにヤマサキの膝裏を蹴飛ばした。
「あ痛たた、八つ当たりは勘弁して下さいよ、シド先輩」
「ふん、その仇名を口にするんじゃねぇ」
「俺は何も言ってないっスよ」
「パーテーション切った精神的ドライヴに流れ込んできたんだよ」
理不尽なことを言いつつ会場警備の位置確認をする。このメンバーは横一列の配置だった。
「この位置ならアリスちゃんを見られるのは確実っスよ!」
「うるせぇな、騒ぐんじゃねぇよ。俺たちが見るのは観客だぞ」
「いいじゃないっスか、少しぐらい。ケチなこと言わなくても」
「ケチってお前な――」
「はい、そこまで。皆さん、仕事の時間ですよ」
手を叩いたマイヤー警部補の声で、周囲の人間が一斉に煙草を捨て立ち上がった。やってきた廊下側とは反対の暗幕が掛かった出入り口へとその場の全員が移動を開始し、あっという間に第三ベースは非常時の連絡員三名だけを残してスカスカになる。
百名近い人員の最後尾についた七分署機捜の六名は、暗幕入り口で係の者が手渡す極小イヤフォンを片耳の中に仕込み、リモータのオープン回線をオフにしてから暗幕をくぐった。
暗幕辺りには防音フィールドでも張ってあったらしく、黒い布をくぐるなり圧倒的な人数が発するざわめきが耳に飛び込んでくる。
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