妹暦の大火

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 よりにもよってこの年に民法が変わって三学年合同成人式が行われるのは運命のいたずらか。二〇二三年一月九日、成人の日。朝から強い風が吹いていた。十八歳の明は二十歳の私の手を引いて県境近くの山道を走る。振袖のまま走り続け、とあるログハウスの前に辿り着いた。 「ごめんね。巻き込んで」  明は昔から変わらない頼もしい笑顔を私に向ける。 「気にすんな。ここで待ってれば私の恋人が迎えに来てくれるからさ」  明は親指を立ててまくし立てる。 「年上で、すごく頼れるカッコいい人なんだ。あの人が私を助けに来てくれる。だから、なんの心配もいらないんだ」 「すごいね、明の人脈。やっぱり明はすごいね」 「人を頼るのも才能だからな」 「私がちゃんとできなかったから迷惑かけちゃって、本当にごめんなさい」  私が謝ると、明は私の頭をポンポンと叩き、その後優しく撫でた。 「こよ姉は私を頼ればいいよ」 「ごめんね、私年上なのに」 「じゃあ、今日だけ私がお姉ちゃんになる。暦、甘えていいよ」  化粧をした明は見違えるほど大人に見えた。だから、驚くほど自然に彼女を呼べた。 「うん、めい姉」  明とは同じ児童養護施設で育った。貧しいながらも幸せな生活だった。直情的な明は年齢や男女の相手を問わず喧嘩をすることも多かった半面、ちょっとしたことでも大袈裟なほどに喜んで大きな声で笑うので、明はムードメーカー的な存在だった。  明は私を「こよ姉」と呼んで慕ってくれた。いつも笑顔の明だけれど、施設にいる以上、順風満帆な人生を送ってきたわけではない。明はシングルマザーの母親に恋人が出来たことで邪魔になって捨てられたらしい。何かの手続きで戸籍を見た時に、顔も知らない弟がいるらしいことを知ったと言う。 「ママが前に会いに来た時にさ、なんで私と一緒に住まないんだよってキレたら、そっから二度と連絡寄越さなくなった。私って一言多いんかなー」  明はある日、本音を吐露した。 「そんなことないよ。私は、思ったことちゃんと言えて、やりたいことはどんどんやってくところ、明ちゃんのいいところだと思う」  明は目をキラキラさせて答えた。 「ありがと」 「明ちゃんは明ちゃんらしくすればいいよ。ママがいないなら、私が明ちゃんの家族になるよ」 「ほんと? じゃあ、こよ姉って呼ぶ! 私はこよ姉の妹だから、今からちゃん付けはナシな!」  あの頃から、明はずっとまっすぐなまま。  一方、私が施設にいたのは生後一か月で両親を亡くしたから。交通事故だった。夏特有のゲリラ豪雨で路面が冠水し、車がスリップしたことによる玉突き事故。四台の車が巻き込まれ、それらに乗っていた全員が死亡した。両親の他、成人男性五名と子供が二人亡くなったらしい。施設の空き状況の関係で年の離れた姉、千歳姉とはバラバラに引き取られた。 「こよ姉のお姉ちゃん、良く面会に来てるけど、すっげー綺麗な人だよな」  明が姉を褒めてくれるのが誇らしかった。姉は可能な限り面会に来てくれた。両親との記憶がある分、私より辛い思いをしていただろうけれど、両親が映った写真や母の手作りのぬいぐるみは全部私にくれた。 「だってさ、暦にもお父さんとお母さんのことちゃんと知ってもらいたいなって思って」  優しい姉だった。自慢の姉だった。写真で見た母の若い頃に似ていた。  姉は高校卒業と同時に夢だった警察官になり、この村を出て山を越えた先の警察署に勤めている。単身寮に入居していため、私を引き取って育てることは叶わなかった。当時未成年だった姉は初年度に一度過労で体を壊した。それを人づてに聞いたけれど、私には一切弱音を吐かない強い姉だった。 「何で千歳姉はそんなに頑張るの? 警察のお仕事すごく大変なのに、どうして警察になろうと思ったの?」 「世の中から、交通事故をなくしたいから。そうしたら、お父さんとお母さんの無念だって晴らせる」  後からインターネットで調べて知ったことだけれど、玉突き事故の原因を作ったのは父の運転していた車ではないにもかかわらず、父の過失を指摘する声が少なからずあった。父は命だけでなく、死人に口なしと名誉まで奪われた。それを一人で背負って私の前では笑っていた。姉のような強い人になりたいと思った。  私は千歳姉の妹で、明はどこかの男の子のお姉ちゃん。本来妹の私は明のお姉ちゃん、本来お姉ちゃんの明は私の妹。誰が何と言おうと、私たちは姉妹。  私の幸せが崩壊したのは、里子に出された時から。引き取られたのは奇しくも同級生の丸山弥生の家庭だった。弥生とは当時あまり深い付き合いはなかったけれど、学級委員を務める弥生はクラスメイトからの人望も厚かった。家が裕福なことを鼻にかけず、品行方正で誰に対しても優しい弥生は、勉強は得意ではなかったけれどみんなの人気者だった。 「明日から暦と姉妹になるんだよ。ずっときょうだいが欲しかったから楽しみ」  そうクラスのみんなの前で宣言した。でも、ちゃんと姉妹でいられた期間はほんの数日だけだった。  優しそうに見えた弥生の母親は私を虐待した。冴えない雰囲気で妻の言いなりだった弥生の父親はそれを見て見ぬ振りした。 「この忌み子が」  弥生の母は私をそう言って罵倒した。現場に居合わせた弥生の前で、母親はヒステリックを起こした。 「弥生の本当のパパは、こいつの親に殺されたのよ! こいつは人殺しの娘なのよ!」  あの事故で亡くなったうちの一人に、弥生の母の当時の恋人が乗っていたらしい。弥生の母は当時弥生を妊娠していたという。弥生の親族は、未婚で子供を出産するよりはと従姉弟同士の関係にあった戸籍上の弥生の父と結婚させた。彼が無精子症であることを私が知ったのは、随分後になってからだった。  その日から、弥生も私に辛く当たるようになる。学校では私が孤立するように仕向け、家では好き放題に私を虐げた。 「なんで弥生は私をいじめるの」  どうして私だけが酷い目に合わなければいけないのか分からなかった。 「私、怒ってないよ。悲しいだけなんだ。昔の弥生に戻ってほしいだけなんだ」 「お前に何が分かるんだよ! 好きでいい子にしてたんじゃねえよ、家庭環境がちょっとでも普通と違ったらいい子にしてないとボロクソに言われるんだよ」  私の能天気さは、弥生の逆鱗に触れた。 「六十点とっただけで、親がイトコ婚だから知的障害だって言われたことあんのかよ」  弥生は泣きながら私に暴力を振るった。服で隠れるところばかりを殴られた。 「なんでもない日にいきなりパパの本当の子供じゃないって、パパとママは愛し合ってなんかないって、八つ当たりまがいに告知される気持ちが分かるのかよ!」  生まれて初めて、誰かの悲痛な叫び声を聞いた。 「お前さえいなければ、ママはおかしくならなかったんだ! お前もあの事故で死んでれば、ママの前に現れさえしなければ、何も知らずにいられたのに!」  あの子もつらいんだ。私が悪いんだ。これは私の罰なんだ。  姉からの手紙は勝手に処分され、私から送る手紙も検閲されている。施設に多額の寄付をする丸山家にかかれば不祥事の隠蔽だってお手の物。  どうせ誰も助けてくれない。私が耐えていれば丸く収まる。 「暦は一生私の奴隷だから」  迷惑行為や犯罪行為を強要されても、どんなにひどいことをされても仕方がない。それが、人殺しの娘にできる唯一の償いだから。 「ふざけんなよ、こよ姉は何も悪くないじゃんか!」  心を閉ざした私の異常に気付いてくれたのは明だけだった。 「事故だったんだろ? 事件じゃなくて事故なんだから、こよ姉の父さんは人殺しなんかじゃないだろ! こよ姉の父さんにも悪いところがあったとしても、それはこよ姉の責任じゃないだろ!」  明は私の心のドアをこじ開けるどころか火をつけて燃やした。明の温もりに久しぶりの生を実感した。 「私は母さんに捨てられたのを弟のせいにしたりなんかしない! 私をいなかったことにして、弟は幸せな生活送ってるらしいけどさ、弟をいじめてやろうなんて思わない。丸山弥生もそいつん家のババアも、見て見ぬふりしてるクソオヤジもみんなおかしい。私がぶっ飛ばしてやる!」  私のために本気で泣いて怒ってくれた人。明だけが私の光だった。 「こよ姉をいじめるな!」 でも、小学生にとって二歳の差はとてつもなく大きい。明は弥生に殴りこみに行ったが、返り討ちにあった。ただ明がボロボロになるまで殴られて、私たちの「革命」は終わった。 「あんたの姉さん、警察官になったんだって? 知ってる? 警察って身内に犯罪者がいるとクビになって、路頭に迷うんだよ」  カッターをちらつかせて、やらなければ殺すと脅されて行った万引き。飲食店での迷惑行為。公共施設への落書き。それら犯行の一部始終を撮った写真や動画を見せられた。私の顔がはっきりと映っている。姉に迷惑をかけるわけにはいかない。亡き両親のためにも、姉の夢を壊すわけにはいかない。 「あんたも、チクったりやり返したりしたらその分だけ暦が酷い目に合うんだからね。奴隷二匹目ゲット。バカだね、余計なことに首突っ込まなきゃ平和な生活送れたのにね」  弥生はゲラゲラと笑った。 「飛んで火にいる夏の虫っていうんだっけ、こういうの。新しい玩具が手に入ってラッキー」  明を巻き込んだそれは中学に行っても高校に行っても続いた。里子は普通十八歳までだけれど、弥生の母はサンドバッグとしての私を手放さなかった。地獄は専門学校進学後も続いた。昨日も脅された。  最初は刃物で脅されて、その後は証拠写真や動画で脅されて、何度も重ねさせられた罪で穢れた手。逆らおうとしたら、逃げようとしたら、証拠を姉の職場に送りつけてやる。インターネットで世界中にばらまいて、この世から居場所を失くしてやる。現像した写真をひらひら見せながら弥生は高らかに笑った。データのバックアップがパソコンにもスマホにも入っているらしい。SDカードやUSBメモリにも保存されていて、その全てを回収することは不可能だ。 「明日の成人式、パシリが二匹もいると楽でいいわ」  明は連帯責任と称して同じように脅された。私がいないところでも何度か呼び出されていたらしい。私のせいで明を巻き込んでしまった。  我慢の限界だった。 「自由になろうよ」  成人式前夜、明と私は決意する。村の墓地を二人で訪れて、初めて自分の意志で悪いことをした。明はセーラー服のスカートをたなびかせて、私の手を引いて走って逃げた。  後にはひけなくなった。久しぶりに懐かしい施設を訪れても震えは止まらなかった。  施設の子供たちは、NPO団体から振袖を借りて成人式に出席する。それは里子に一時的にお世話になっている子供たちも例外ではなかった。成人式当日の朝は早いので、施設に泊まることになっていた。  十年ぶりに明と一緒に眠った。世界中が敵になったって明のことだけは信じられる。夢の中で、明と私は本当の姉妹だった。  翌朝、弥生が着付けをする美容院は知っていた。自分たちの着付けが終わった後、美容院を訪れて弥生の家族だと言ってスマホを盗んだ。そのまま大急ぎで、弥生の家に向かう。弥生の父母が成人式の来賓挨拶で家を空けることも全部、何もかもが好都合に働いた。 「日本史の授業で、江戸時代に明暦の大火っていう火事があったって習ったんだ」  数日前に明がぽつりと呟いた。二年前に私もそれを習っていた。一六五七年三月二日に江戸の町を焼き尽くした大火事。あんな風に全部なくなってしまえばいいと何度思ったか。 「風の強い日だったんだって。お焚き上げ中の振袖が風で舞い上がったから、めちゃくちゃ燃え広がったんだって」  専門学校の授業で火に関する知識は多少増えた。だから、その原理は今なら詳しく分かる。 「自由になろうよ、こよ姉」  どこに隠したか分からないデータを燃やすために弥生の家に二人で火をつけた。全部の証拠が回収できないのなら、家ごと燃やしてしまえばいい。放火を提案したのは明。強い火力を出す方法を画策したのは私。下準備をしたのも私。最終的に火をつけたのがどちらかなんて関係ない。二人で起こした火によって、弥生の家は派手に全焼した。  私たちの反乱は成功した。これを妹暦の大火とでも名付けようか。妹と私が点火した、全てを焼き尽くす炎。これで、私たちは自由だ。  私たちを縛る鎖は消し炭にしたけれども、犯人だとバレるのも時間の問題。成人式の警備に警察が出払っている間に逃げ出した。  一つ、時間稼ぎをした。昨夜、丸山家の墓地から骨を盗んだ。筋書きは、こう。火の中から二人分の遺骨が見つかる。家に忘れ物を取りに来た私と付き添った明は不運にも偶然発生した火事に巻き込まれ死んだ。  足が棒になるまで走り続けて、ようやく辿り着いたログハウスが目的地。ここに明の彼氏が迎えに来てくれて、車でなるべく遠くへ逃げる。匿ってくれる味方との待ち合わせ場所。  私はスマホを持っていないけれど、明は持っている。私が美容院であれこれしている間にこっそり電話をしてくれたみたいだけれど、あとどれくらいで来てくれるのかは分からない。 「大丈夫かな。バレないかな」 「私の恋人舐めんなよ。警察の事情にも精通してるし、いつも車を爆速で乗り回してんだ。だから、こよ姉は絶対捕まったりなんかしないよ」  ログハウス前には外車が停まっている。ここは丸山家の別荘。私は強く掌の中の鍵を握りしめた。丸山家からこっそり盗んだ別荘の車のキー。これがあれば運転のできる明の彼氏がどこまででも遠くへ連れて行ってくれる。明は嘘をつかない。明の言葉を私は無条件に信じた。  暗くなる頃、ちょうど明に車のキーを渡したタイミングで、明の彼氏が来るはずの方角からパトカーが見えた。 「嘘、こんな早く見つかっちゃうなんて……。逃げよう、めい姉」  絶望に震え逃げようとする私の振袖を明が掴んだ。 「逃げようよ。早く逃げないと捕まっちゃうよ」 「私が警察にチクった。二人で放火したって」  明が私を馬鹿にしたように笑った。明の言っていることがよく分からなかった。 「今からめい姉の彼氏が迎えに来てくれるんだよね?」 「そんなこと言ったっけ? 彼氏なんて来ないよ」  明は私の振袖を離さない。意味深に笑いながら問いかける。 「私が暦に嘘ついて裏切ったって言ったらどうする? 私がチクったから、暦は今から警察に引き渡されるんだよって言ったら、暦は私のこと嫌いになる?」  傷つけられてばかりの世界で明だけは私の希望だった。逃げ場のない世界でも、明がいたから私は生きていられた。明は私の世界の全てだった。  明は嘘をつかない。明だけは私を裏切らない。 「そんなことありえない! だってめい姉は私を裏切ったりしない。私はめい姉を信じてるもん!」  パトカーを前に、私は大声で叫んだ。生まれて初めて、まともに自分の意志を表示した。  パトカーのドアが勢いよく開く。降りてきたのは警察の制服に身を包んだ私の姉だった。 「暦、明ちゃんからさっき全部聞いたよ! 馬鹿、何で相談してくれなかったの!」  久しく顔を合わせていなかった唯一の血を分けた人は、いつの間にか大人になっていた。話し方も何もかもが、私の周りにいる学生とは違って、ちゃんとした大人だった。 「だって千歳姉に迷惑かけたくなかったの」 言い訳をする私に、姉は怒った様子でまくしたてる。  姉の言葉から、明がSNS経由で姉を探し出したこと。私が美容院で弥生のスマホを盗み出している間に、脅迫を受け二人で放火にいたったことと匿ってほしいことを一方的に連絡したことが分かった。  刑事の視点から見て、私たちの完全犯罪の計画がいかに子供の浅知恵だったかを突きつけられた。穴だらけの計画に、DNA鑑定、鑑識、GPS、通信履歴という言葉が降り注ぐ。 「愛しの恋人に対して厳しすぎやしませんか?」 「はあ?」  明の言葉を姉は理解していない。私たちを叱責する声から力が抜け、まるで宇宙人に出会ったのかのように怪訝な目を明に向けた。 「暦、紹介するね。隣の県で警察やってる私のカノジョ。千歳さん」  姉と腕を組み、私に向き直る明。今思えば、明自身は一度も「彼氏」とは言わず「恋人」と言っていたことを思い出す。私の一番近くに存在した男女の夫婦の関係がひどくいびつなものに思えたので、同性愛はむしろ健全なものだとすら感じられた。 「今、冗談言ってる場合じゃないでしょ!」  姉は暴力こそ振るわないが一層激昂して明を怒鳴りつける。明は私の姉を勝手に恋人と呼んでいるだけのようだ。よく考えてみれば、姉の口ぶりから察するに明と姉が初めて連絡を取ってからそう日は経っていない。 「暦は年上だからって一人で抱え込みすぎなんだ。だから暦の実のお姉ちゃんと付き合えば暦を義理の妹ってことにして守れると思った。でも、もういいや。別れよっか」 明は自分から組んだ姉の腕を振り払った。一方的に始めた姉との関係を一方的に終わりにする。 「暦は本当のお姉ちゃんを頼ればいいよ。暦はもう人を信じられるし、人を頼れるんだ。もう心配いらないよ」  どんな時も信頼し合っていたはずの私たち。明は初めてそれを試すような発言をした。あの言葉の真意に馬鹿な私はようやく気付く。 「明」  声を振り絞って、大切な人の名を呼んだ。 「うん。その呼び方の方が好き。やっぱり最後はこよ姉のことはこよ姉って呼びたい」 明は私に微笑みかける。そして、不穏なことを言ってログハウスに近づく。 「知ってる? 丸山弥生のやつ、別荘にもデータ保管してやがったんだ。でも、あいつ間抜けだから、私にベラベラしゃべりやがんの。グーグルのサーバーだかクラウドだか使うと足がつくから、別荘のローカルサーバーとSDカードで何重かに保存するのが賢いやり方なんだってさ。私に手口晒してる時点で賢くねーよバーカ」  私の頭に忌々しい女の顔がチラつく。明も同じように彼女を思い出したのか、丸山家の車に向かって唾を吐いた。 「これでこよ姉は自由だ」  明は不敵に笑うと昨日私が教えた方法で派手に火を点けた。爆発のような音がしてあっという間にログハウスが大きく燃え盛る。 「刑事さん、見たでしょ?昨日の放火も全部私一人でやりました。こよ姉は関係ありません。私は嘘つきだからさっきの話は嘘。私の単独犯です」 最初からこうするつもりだったんだ。明以外の人を頼ることすらできない馬鹿な私を解放するために、強引な手段をとったんだ。動けない私の手を引いて、「助けて」と言わざるを得ない状況を作るつもりだったんだ。二人なら怖くないと言いながら、一人で全部罪を被るつもりだったんだ。 「違う、私も」 そう叫ぶ私の口に明が人差し指をあてて制止する。私たちの振袖がキスをするように触れ合った。明が微笑む。マスカラ、チーク、アイシャドウ、どれをとっても成人らしい化粧。私だって同じように化粧をしているはずなのに、明だけが大人になったように見えた。 「ばいばい、こよ姉。大好きだよ」 そのまま最後に私を1度だけ強く抱きしめた。抱きしめ返そうとすると私の腕をすり抜けて、丸山家の車に飛び乗る。アクセルを全力で踏んであっという間に逃走してしまった。 私は追いかけようとしたが、疲れ果てた体と振袖姿ではうまく走れなくて足がもつれてすぐに転んでしまった。車はついに見えなくなった。 「嫌だ、待ってよ明! 明! 行かないで明!」 私は泣き喚いた。 私の腕を姉が掴んだ。 「火が強くてこのままじゃ危ない!とりあえず避難するから乗って!」 私はパトカーに押し込まれるように乗せられた。姉が火から逃げるために全力でアクセルを踏んだ。 「大丈夫。暦は何も心配しなくていい。お姉ちゃんが守ってあげるからね」 私が何もできない子供だったから、明を巻き込んだ。明ひとりに全部背負わせた。 「千歳姉、私、戦うよ」 明を守れる私になって明を助けに行く。明は私の魂の妹だ。
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