死を聴け、生を歌え

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 リラハープのアルペジオが鳴り響いて、天国への扉が開いた。  天国への扉が開く音は、死者の生前の善行によって異なる。  環境保護活動に長年従事していた老人は、弦が奏でる音色を噛みしめると階段を上り始めた。  女が扉の前に立つと、天使はフルートを奏でた。  彼女は生前、漫画家だった。彼女の作品に感銘を受けて、自殺を思いとどまった少年がいた。あきらめかけた夢を思い出した青年がいた。病室以外の世界を知らない少女の生きる希望になっていた。  赤子の泣き声とともに、扉が開いた。  男の兄とその妻は赤子を遺して事故で亡くなった。男はその遺児が孤児にならぬようにと、引き取った。生活のすべてを幼子のために捧げた。男手一つで育て上げた子は、立派な教師として働いている。やがて子どもは結婚し、孫がこの世に生を受ける1ヶ月前に男は心筋梗塞で死亡した。  男の聞いた声は、男が人生を賭けて育てた「我が子」の過去の声だったのか。それとも、これから生まれる孫の未来の産声だったのか。  オーケストラの音とともに、扉が開いた。  今日、紛争地帯で医療救援活動に従事していた青年が殉職した。青年は神の祝福を受けながら階段を上り続ける。死してなお、青年は世界中の子どもたちが平和な世界で音楽を聴ける時代になることを願った。
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