火刑台で竜に捧げる歌

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 もし神様がいるのなら、この願いを片割れに届けて欲しい。一縷の望みに懸けて私は歌う。この残酷な世界から楽園へと連れ去ってくれる運命の竜を呼ぶための歌を。 「ロヒカルメ(竜よ) ロヒカルメ(竜よ)  魂のユスタヴァ(盟友よ) ノイタ(魔女)・エリザの名の下に 炎と青き血の盟約を その猛き翼で我を タイヴァス(空の彼方)へと誘え」  魔女と竜は惹かれ合う。魔女は花から、竜は炎から生まれる。竜の息吹である炎の灰から新たな竜が生まれた日、この地上のどこかのスズランの花から魔女が生を受ける。同じ日に生まれた竜と魔女は必ずいつか巡り会う。魔女の多くは十歳になれば魔力に目醒める。目醒めた魔女が空に血を捧げ歌えば、運命の竜と魂が共鳴する。その時こそ、竜が魔女を連れて争いばかりの地上を離れて空の彼方の楽園・タイヴァスへと飛び立つのである。    裁縫用の小さな針を小指にぷつりと刺して今日もライカとふたりで竜に捧げる歌を歌う。北欧の小さな村の外れの湖。その畔にある小屋に私たちの歌声が響く。この歌は誰に倣ったわけでもなく本能に刻まれていた。小指の先に小さな青い血の玉が浮かび上がった。 「今日もダメだったね。早く来てくれないかな、私の花婿様」 「きっと、もうすぐ来てくれるよ。今頃ライカの花婿様は一生懸命、ライカを探してる」  魔女の血は青い。だからこそ、血の色が異なる人間は魔女を忌み嫌うのだろう。私が生まれる遙か昔から魔女狩りは行われていた。魔女は人間の脅威となるような魔法など使えないのだから、人間が魔女を恐れる必要などない。ただ、気味が悪いと言うだけで迫害されている。  竜の血は魔女と同じように青い。だからこそ、共に生きていけるのだろう。竜と魔女の結びつきは遠い昔からの本能だという。  ライカと私はともに青い血を持つ魔女として生まれた。だから、魔女狩りに遭わないようにひっそりと慎ましく支え合いながら生きている。 「でも、絶対にエリザの方が先に花婿様のお迎えが来ると思うの。エリザの方が魔力があるもの。エリザがタイヴァスに行っちゃったら、私、ひとりになっちゃう」  私よりも少し背の低いライカが寂しげに私の服の裾を掴んだ。不安になるのも無理はない。ほとんどの魔女は十歳の誕生日、遅くとも十一歳になるまでには迎えが来るのに、私たちには十四歳になっても未だに楽園への迎えは来ないのだから。 「ライカも一緒に背中に乗せていってもらおうよ」  ライカの不安を拭うべく、微笑みかける。 「無理だよぅ。だって、私達の運命の竜は子どもの竜だもの。だから、きっと二人は乗れないよ」  ライカは首を横に振った。そう言えば、遠い昔にも同じような話をした。 「それなら待つよ。ライカが一緒に行ける日までずっと。ほら、約束」  ライカをひとりにはさせない。私はライカに手を差し出して、指切りをする。 「エリザ、大好き」  ライカが私に抱きついた。栗色の長い髪から、スズランのような良い香りがした。 「早く一緒に行きたいね、タイヴァスに」  ライカが空を仰いだ。迫害も処刑もない空の彼方の国に、私たち飛べない魔女は焦がれ続けている。 ――ライカとエリザがよく歌ってるお歌のタイヴァスっていうのはね、遠い空の向こうにある楽園のことなの。そこには竜と魔女がみんな仲良く、幸せに暮らしているのよ。  母の言葉を思い出す。母が私たちにタイヴァスのことを教えてくれたのも、今日のように雲一つない初夏の日のことだった。  竜に捧げる歌は本能的に知っていたが、タイヴァスの伝承を教えてくれたのは育ての母であるシスターだった。捨て子だった私達は同じ修道院で育った。修道院の庭にはスズランが咲いていた。私は庭で、ライカは川辺のスズラン畑で同じ日に拾われた。  川に洗濯と水汲みに行った母がライカを拾い、帰って来たら庭に私がいた。わずか三十分ほどライカが早く拾われたので、私の方がだいぶ背は高いけれど、ライカが姉と言うことになっている。  母は人間だったが、私達の血が青いと知ってなお、慈愛に満ちた母は実母のような愛をくれた。おやつには美味しいベリーパイを手作りしてくれた。夜には子守唄を歌ってくれた。  子ども好きの母は昔からスズラン畑で拾った魔女の捨て子の面倒を見ていたようで、私たちには一人、姉がいた。名前はソフィア。彼女も元々は私達が拾われる五年ほど前、ライカと同じスズラン畑で拾われた魔女の赤子だった。優しいライカと喧嘩することはなかったけれど、勝気なソフィアとは喧嘩をすることも多かった。私は年のわりに体が大きく腕っぷしが強かったので結構な割合で私が勝っていた。それが、ライカが私の魔力を高いと判断したゆえんだ。ただの身体能力の個人差の範疇だとは思うけれど。 「ライカとエリザが拾われる前の日までさ、あたしにはお姉ちゃんがいたんだ」  母が私達を拾った前夜、母はタイヴァスへと飛び立つ一人の魔女を見送ったらしい。ソフィアがよく話していた顔も知らないその人のことをエリザと私は「お姉ちゃんのお姉ちゃん」と呼んでいた。 「お姉ちゃんが十一歳になるちょっと前だったかな。すっごい大きい竜が、お姉ちゃんを迎えに来たんだ。火吹いてんの見ちゃった! お母さんは何度も竜を見たことがあるみたいだけど、お母さんが今まで見た中でも一番大きな竜だったんだって」  興奮しながらそう語っていたソフィアの十歳の誕生日にちょうど小柄な彼女がギリギリ背に乗れるくらいの小さな竜の迎えがやって来た。 「あんたがライカを守るんだよ」  ソフィアは私にそう言い残して、タイヴァスへと飛び立った。 「言われなくとも」  可愛げのない私はそう答えた。あの頃の私は、ライカのことを双子の妹のように思っていて、母や姉よりライカのことを理解していると自負していた。 「ねえ、お母さん。どうしてソフィアお姉ちゃんは十歳になってすぐに竜が迎えに来たのに、お姉ちゃんのお姉ちゃんのお迎えは遅かったの?」  ソフィアが旅立って、三人の生活が始まって数日後のおやつの時間。幼いライカが母に質問をした。 「あの子はソフィアと比べて体が弱かったから、魔力も弱くて魔女として目覚めるのが遅かったのかもしれないわ。本当に無事に竜を呼べてよかった」  母が優しい目で昔を懐かしむ。 「それと、大きな竜を呼ぶにはそれだけたくさん魔力が必要だからだと思うわ」 「大きい竜なら、ソフィアお姉ちゃんも一緒に乗せてもらえばよかったのに。ソフィアお姉ちゃん、うるさいくらいにずっとタイヴァスに行きたいって言ってたし」 「それは無理よ。いくら大きいって言っても、子供の竜だもの。ふたりも乗せて遠いタイヴァスまで飛ぶことはできないわ」 「タイヴァスってどこにあるの? なんでみんなそこに行きたいの?」  ベリーパイを頬張りながら私は母に尋ねた。母は優しい口調で教えてくれた。 「そうね。そろそろあなたたちにも教える時期かしら。お姉ちゃんのお姉ちゃんより、もっとお姉ちゃんを迎えに来た竜が教えてくれたお話をしましょうか。ライカとエリザがよく歌ってるお歌のタイヴァスっていうのはね、遠い空の向こうにある楽園のことなの。そこでは竜と魔女がみんな仲良く幸せに暮らしているのよ」  ライカとふたり、声を合わせて意味も知らずに歌っていた「ロヒカルメの歌」が竜を呼ぶための儀式として歌う歌だと、その日人間である母から教わった。  ソフィアが旅立った日も、「お姉ちゃんのお姉ちゃん」が旅立った日も村はずれで元捨て子の男の子が神隠しにあったの知らせが流れたと聞いた。  竜の子供は竜の炎から生まれるのだから竜の多くはタイヴァスで生まれるけれど、地上で生まれた竜はきっと魔女が歌うまで人間の姿をしているのだ。お姉ちゃんたちは竜の花嫁になったのだと母は私たちに教えた。  幸せな日々は九歳のある日、突然終わりを告げた。母は魔女を匿った罪で、魔女の一味として火あぶりにされた。母と同じように魔女の子を育てた人間の良心が一斉に焼かれた。その時、母が命懸けで私達を湖の畔へと逃がしてくれたおかげでライカと私は今生きている。  私は泣き続けた。自分だって悲しいはずなのに、泣いている私を強く抱きしめてライカは毎日慰めてくれた。 「泣かないで。私はずっとエリザのそばにいるから。私はエリザのお姉ちゃんだから」 たった三十分早く拾われたと言うだけで、ライカは姉として振る舞った。母を恋しがって眠れない私にずっと子守唄を歌ってくれた。母と同じ味のベリーパイを作ってくれた。二人きりになってしまった姉妹。最後の家族。生まれたときから片時も離れなかったライカだけが私の心の支えだった。  つい長い間、昔を思い出していた。ライカと顔を見合わせると、ライカも同じように母がいた頃のことを思い出していたようだ。  久しぶりにベリーパイが食べたくなり、森でベリーを摘んでいると、教会の鐘が鳴った。結婚式があるようだ。木の陰からこっそり覗くと、見覚えのない司祭と美しい花嫁の姿が見えた。司祭の人相はあまりよくなかったが、花嫁は家族に祝福されとても幸せそうに笑っていた。 「花嫁さん、綺麗だね」 花模様のレースのヴェールを被った花嫁を見て、ライカは白い花を摘んで花飾りを作り始めた。器用な指先で花の冠を作ると、それを被った。 「見て、竜の花嫁さんみたいでしょ」 白いワンピースを着て無邪気に笑うライカはとても可憐だった。私が男だったならば、きっと彼女に恋をしていた。私が頷くと「エリザ大好き」と鈴のような声で喜んだ。ライカはもう一つ花の冠を作ると、私の頭に被せた。 「エリザもとっても綺麗。エリザもきっと素敵な竜の花嫁さんになれるね」  ライカが目を細めると、長い睫毛がいっそう映えた。優しいこの子の笑顔を守らなければ。体は大きく強くなった。あの日私の心を守ってくれたライカを今度は私が守る。命に代えてもライカを守り続ける。いつかライカが運命の竜の花嫁となるその日まで。  市場に買い物に行くのは私の仕事だった。同行したがるライカに、芋や肉は重いのでか弱いライカには持たせられないと言ったら、その分料理を頑張るとしぶしぶ納得した。 「私、お姉ちゃんなのに」  そう言って頬を膨らませるライカですらも愛おしいと思った。 魔女は血の色こそ違うが、外見は人間と変わらない。身体検査でもされなければ、魔女とは気づかれない。  買い物を終えた私が歩いていると、道の先で魔女検問が行われていた。聖職者が道を行く女の指先に一人一人針を刺して、血の色を確かめている。私は来た道を引き返し、遠回りして帰ることにした。今までもそうしていた。 「おい、そこの女、止まれ」 今日に限って、なぜだか見つかってしまった。そういえば最近司祭が変わっていた。今までであれば追及されなかったが、新しい司祭はより厳しい魔女狩りをするようだ。捕まれば殺される。私は買い物袋を捨てて逃げ出した。足の速さには自信があった。  通行人をすり抜けて、走り続ける。しかし、私は忘れていた。母以外の人間は皆、敵だ。司祭が「その女を捕えろ! 魔女の疑惑のある女だ!」と叫べば、多くの人間にあっという間に囲まれた。針を刺されて、青い血が肌を伝うと群衆が悲鳴を上げた。 「魔女が出たぞ! 処刑だ!」  私は縄で縛りあげられ、処刑場へと連行された。  私の処刑は夕刻にライカが生まれた花畑で行われた。狂った民衆が騒ぐ中、私は火刑台の柱に縛りつけられた。私はどこかほっとしていた。捕まったのがライカでなくて良かったと。本当はそのために村人の前に姿を現すリスクは私一人が背負っていたのだから。ライカには常々伝えていた。私が帰ってこなくても、絶対に探しに来るなと。 「これより魔女の焚刑を始める」  頭に浮かぶのはライカのことばかり。ライカは優しいから探すなと言っても私を探してしまったらどうしよう。私の死後、誰がライカを守るのだろう。不安に襲われた。  頭の中に走馬燈が流れる。ふと、母の言葉を思い出す。強い竜を呼ぶには強い魔力が必要だと。私は魔力に目醒めていないのではなく、運命の竜が強すぎるからではないのだろうか?十四歳の私の魔力で呼ぶ強い竜であれば、この状況を打破し私とライカを乗せてタイヴァスへと飛び立てるのではないだろうか?  先刻の針の血は残念ながら、止まっていた。出来れば、なるべく多くの血を。一か八か、私は唇を強く噛みちぎった。青い血が不気味にだらりと流れた。これが、生涯最後の竜を呼ぶ儀式だ。一縷の望みに懸けて、私は歌う。もし神様がいるのなら、この願いを片割れに届けて欲しい。  命懸けの歌は虚しく虚空に響いた。炎のような夕焼け空に竜は影も形も見えなかった。分かっていたはずじゃないか。奇跡は起こらない。この世に神などいないのだから。神がいるのならば、敬虔な修道女であった母が殺されるはずがない。  私にとっての女神はこの地上にただ一人だ。その時、遠くから栗色の髪をなびかせて駆けてくる少女の姿が見えた。馬鹿、あれほど探すなと言ったのに。でも、ライカは優しいから私を探しに市場に行ったのだろう。そして、魔女の処刑の噂を聞きつけてここまでやってきたのだろう。  心が落ち着くのを感じた。どんなに強がっても、私は一人きりで死ぬのは怖かった。でも、最期に貴女に会えて良かった。私の女神は、最期まで私を一人ぼっちにはしないでくれた。 「何か言い残すことはあるか」  涙を流すライカと目があった。泣かないで、ライカ。私は貴女と生きられて幸せだった。だから笑って逝こう。 「ライカ、大好き」  ついに私の足下に火がつけられる。めらめらと真っ赤に燃え上がる炎は数十分後には私を焼き尽くす。ライカ、貴女を一人ぼっちにしてしまってごめんなさい。どうか貴女は生きて。そして私の分まで、運命の竜とタイヴァスで幸せになって。  瞼を閉じた。やわらかな春の朝を知らせる鈴のような小さな声がかすかに聞こえた。 「ロヒカルメ ロヒカルメ 魂のユスタヴァ ノイタ・ライカの名の下に 炎と青き血の盟約を その猛き翼で友を タイヴァスへと誘え」 どんなざわめきの中でも聞き間違えるはずがない。愛しいライカの歌声だった。慌てて目を開ければ、ライカが祈るように歌っていた。人前で魔女の歌を歌うだなんて。そんなことをしたら殺されてしまうのに。 「ライカ、やめてお願い」 ライカはポシェットに忍ばせていた料理用ナイフを取り出すと、自らの左腕を切り裂いた。青い血を流しながら、歌い続ける。その声はどんどん大きくなり、終わらないクレッシエンドの果てに、ついには声が枯れた。 「あそこにも魔女がいるぞ!捕らえろ」 男がライカの腕を掴んだ。それでも掠れた声でライカは歌い続ける。我を、ではなく妹の私をタイヴァスに連れて行くための歌を。いつか守ると誓った少女は追い詰められた私を助けるために、その身を犠牲にしようとしている。男は火刑台へとライカを連行した。やめろ、汚い手で私のライカに触るな。  突如、全身の血が沸騰したかのような熱に襲われた。革製の靴越しに炎に触れている足よりも、心臓と脳が灼けるように熱い。眼球の激痛に目を開けていられなくなった。私はヒグマよりも獰猛な咆哮をあげた。自分の声域とも声量ともかけ離れた叫びだった。  全身の痛みが嘘のようにすっと消えた。私を火刑台に縛り付けていた縄の感触がなく、随分と体が軽い。目を開けると、私は空から群衆を見下ろしていた。私は死んだのだろうか?  くるりと体を一回転させると、青い鱗のついた長い尾が視界に入った。竜?まさか、ライカはあの土壇場で竜の召喚に成功したのだろうか。やはり、その身も魂も全てが美しいライカは神に愛されるべきだ。だから、運命の竜はライカの絶体絶命の危機に救世主として現れて当然なのだ。そのおこぼれで、私は助けられた。  自由になった腕を見ると、太い腕はサファイヤのように煌めく硬い鱗で覆われ、鋼鉄のような鋭い爪が生えていた。全身の違和感。自身の胴体に視線を移すと、信じられないことだが、私自身が巨大な竜になっていた。私は庭のスズランから生まれた魔女ではなく、姉の姉を迎えに来た竜の炎から生まれた竜だったのだ。「魔女の運命の竜」なんて響きに惑わされ、人間の姿に擬態した竜はすべて男だという先入観を持っていた。  翼をほんの少し動かせば、突風が吹いた。体の奥底から強大な力を感じる。きっと私自身の力が強すぎる故、竜としての私を目醒めさせるには莫大な魔力が必要だったのだろう。ライカにはいらない面倒をかけてしまった。でも、この力があればやっと私の手でライカを守れる。 私がライカの運命の竜だ。 「処刑は続行する。代わりにその魔女を火刑台へ」  竜の出現という天変地異にもかかわらず、気が動転したのか司祭はなおもライカを火あぶりにしようとする。させてたまるか。私は地上に降りると、太く長い尾でライカの腕を掴む輩をなぎ払った。感触的に肋骨を二本ほど折ったかもしれないが、死にはしないだろう。これ以上誰もライカに近づけさせない。翼で風を起こし、ライカに群がる聖職者気取りの悪魔達を吹き飛ばした。  火刑台の前で慌てふためく司祭。下の方だけが燃えている忌々しい火刑台に向けて私は火を噴いた。人間が起こせる炎より遥かに熱い蒼炎は、一瞬で跡形もなく火刑台を白い灰にした。  なぜ、竜の血は魔女と同じように青いのに竜は信仰され、魔女は竜をたぶらかす悪女として蔑まれるのか。それは、竜が人間など簡単に消し炭に出来る力を持つのに対し、魔女は人間に抵抗する術を持たないからだ。そうだ、強さこそすべてだ。強大な力を手に入れた私は思った。母を焼き殺した人間達を、一人残らず母と同じ目に遭わせてやる。 「待って、エリザ」 怒りに震える私の体に小さな手が触れた。私の心の声が聞こえるのだろうか。 「ライカ」 声が出た。母の話の通り、竜になっても人間の言葉は話せるようだ。 「お母さんは、そんなこと望んでないよ」  優しい姉の澄んだ瞳は私を我に返らせた。そうだ、私達の母は生きとし生けるものを愛する優しい人だった。見渡せば一面のスズラン。この花は魔女が生まれる命の花。燃やし尽くすわけにはいかない。  けれども、私は守らなければならない。私が噴いた炎の灰から生まれるであろう我が子を。このスズラン畑から生まれるかもしれないその片割れを。まだ見ぬ家族を。私は虚空へと青い火を噴いて、群衆を威嚇する。 「聞け。今後もし魔女狩りが行われるようなことがあれば、今度こそ人間を根絶やしにしてやる」 司祭は怯えきって、「分かりました、どうか命だけは」と地面に頭をこすりつけている。群衆も誰一人として異を唱えない。 「終わったのかな」  エリザがポツリと呟く。 「うん、全部終わったよ」 「よかった。きっと天国のお母さん、エリザのこと褒めてくれると思う」 恐怖による制圧が正しいのかは分からない。でも、私はライカのおかげで悪人の命さえ奪うことなく、私達の子ども達の未来を守れたのだ。まだ見ぬ我が子よ、どうか幸せで。そして、いつかタイヴァスで逢いましょう。 「じゃあ、行こうか。竜の花嫁殿……なんてね」 「うん。健やかなるときも、病めるときも、ずーっとエリザについていくよ」  いつの間にか日は落ちていた。黒紫と群青のグラデーションを描く空は、ライカが私を抱きしめてくれた夜の色と同じだった。私はこの世で一番愛しい魔女を連れて、彼女を傷つける者が誰一人としていない世界へと飛び立った。
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