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夢の四葩
父さんが死んでから、母さんは部屋にこもって出てこなくなった。
ノックしても返事はないし、ドアを開けようとしても、何かで押さえているのか開かない。
かと思えば、部屋から突然泣き叫ぶ声が聞こえることもある。
もう何年、母さんの顔を見てないだろう。
夜中になるとリビングでご飯を食べているみたいだけど、いざ起きようと思うと母さんの顔を見るのが怖くなって、いつもそのまま寝てしまう。
こんな暮らし、もう嫌だと思うことはある。
いつもそう思っている。
母さんがああなったと知って、近くに住んでいる父方のばあちゃんが来てくれた。
『うちにおいで』と、ばあちゃんは言ってくれた。
でも、母さんを独りにしたくないと思ってしまった。
母さんには頼れる身内がいないから、私が母さんのもとを離れたら、母さんは独りになってしまう。
だから、この家で暮らすと決めた。
そう話すと、ばあちゃんはご飯を作りに来てくれるようになった。
じいちゃんの介護があって、毎日は来れないから作り置きになるけど。
父さんが死んでからも私のことを気にかけてくれるばあちゃんは、誰よりも頼もしかった。
だけど、やっぱり母さんを置いてくなんて出来ない。
あの頃の、家族三人で笑い合えたあの頃の記憶が、忘れられないから。
いつか母さんが元に戻ってくれると、そんな淡い希望を抱いてしまう。
降り止まない雨の音が、私の頭の中で煩く反響する。
窓越しの外の景色は、ひどく歪んで見えた。
だが、その隅に咲いている紫陽花が目に止まった。
紫陽花、か……
小さい頃、好きだったな。
気づけば私は、外に出て紫陽花の前に立っていた。
紫陽花は、淡い光をまとっていた。
それに魅せられ、私は手を伸ばす。
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