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「あっ、すんません電話なんで」
寺田がスマホを尻ポケットから取り出しながら、あわてて個室を出て行く。周りの賑わいが聞こえる中、俺達の間に流れる妙な沈黙。
「寺田君とならいいかなと思ったんだけど、嫌だった?」
寺田に聞かれることを警戒してか、俺の方に身体を寄せてこそっとささやく大沼。いつでも俺を心配してくれるこいつに、好きだ! って言っちまいたい。でも怖い。俺は膝の上でぐっと拳を握る。
「そんなことねえけど、気遣わせてたならごめん」
大沼を上目遣いに見ながら言うと、ふんわりと明るい笑みが返ってきた。こいつはホント優しいなあ。笑顔、たまんねえなあ。
「すんません、急に彼女から呼び出しかかったんで俺帰ります」
引き戸を開けるなり、寺田が言う。さっさと店のタブレットをいじり、会計を確認して財布から千円札を数枚出す。
「これで俺の分は足りると思うんで。無理やり混ざっといて、先帰るとか申し訳ないっス」
かなりあわてた感じで早口に言い、寺田はバタバタと帰ろうとする。
「いや、さすがに多くね?」
そんなに食いもんも頼んでねえし、寺田は中生二杯しか飲んでないはずだから、俺は千円札を返そうとした。
「多かったら、その分今度出してくれればいいんで」
カバンを手にした寺田は、空いてる左手で俺の手を押し戻し、さっさと出て行こうとする。
「お疲れさました! お二人はごゆっくり!」
寺田の満面の笑みが引き戸の向こうに消える。まさに風のように帰ってった。なにかヤバい呼び出しなのか、よっぽど彼女に惚れてるのか。
「そりゃ俺らより、彼女の方が大事だよな」
ははっ、と笑って背後の壁にもたれる。あっ、二人だけになったのに横並びのままはおかしいか? でもこのまま大沼の隣にいてえなあ。
「ずいぶん食べたね」
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