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さすがは日本橋育ちか。それとも好き過ぎて、もうなんでもよく見えるのかな。もしこいつとつきあえても、俺達は見た目も育ちも、全然釣りあわねえんじゃねえか? そんな今さらな不安が俺を包む。
「仕事で疲れちゃった?」
アイスやケーキ、フルーツなんかがちょっとずつ、きれいに盛りつけられた皿。生クリームを一口食べて、大沼が言う。
「いや、営業は足で稼いでなんぼだろ。そんなんじゃなくて、その……」
かっこいいって言われて妙にドキドキしてるなんて、言えねえよ。俺は背の高いグラスの中のアイスコーヒーを、やたらとストローでかき回す。
「その、なに?」
大沼はフォークを皿に置き、少し俺の方に身を乗り出した。キャンドルの光が、揺らめきながら大沼の顔を照らす。
「……俺のことかっこいいとか言ってくれんの、お前だけだよ」
壁の方を向いてぼそっと言うと、大沼がなんか言った。声が小さすぎて、聞き取れない。なに? と聞き返すと、あわてて手を振る。照れたような顔。
「なんでもないよ」
少しは脈ありだって、思ってもいいのかな。でも大沼は誰にでも優しいし、同期だから仲よくしてくれるだけかも知れねえし。俺のこと好きかも、なんてうぬぼれてコクって玉砕したら、会社で気まずくなるどこじゃねえ。確実に地獄だ。それならこのまま、仲よくやってた方が絶対いい。
「やっぱりこの店、いいよね」
満足そうにアイスコーヒーを飲みながら、大沼が言う。この笑顔をずっとそばで見ていたいから、俺の気持ちはきっと言わない方がいい。これからもあの会社で一緒に働きながら、こんなふうに時々アフターにはうまいもん食って、仕事の話やらなにやらしながら、楽しくやっていければそれでいい。それがいい。
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