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「危ないから取りますよ」  二階に上がってオフィスに入ったら、同期の大沼清文の声が耳に飛びこんできた。同じ広報部の女性がキャビネットの一番高い所にあるファイルを背伸びして取ろうとしているのを見て、コピー機の前から来てさっと取ってやり、笑顔で渡す。  大沼はそういう親切を、さりげなく感じよく誰にでもやる。しかも俺と違って、身長が百八十ぐらいある。前髪は長めで眉毛にかかるぐらい、大きな奥二重の瞳が印象的で、鼻も高くて、色白で。すらっとしたイケメンの上、声も優しいときてる。  ファイルを取ってもらって、少しはにかんでお礼を言う女性社員。同じようなシチュエーションを、これまで何度も見てきた。そりゃ、女子ならこんなんされたらときめくだろ。  俺はと言えば、目は小さめの一重だし、鼻も低い。でも口ばっかりデカい。その上チビだ。なにかで手を貸したとしても、あからさまにお前じゃないって態度を取られることもある。人は醜いものには残酷だ。俺は複雑な気分になりながら、大沼の横顔を眺めた。 「あ、森部長、お疲れ様です」  笑顔のまま、横を通っていく部長に軽く会釈する大沼。おう、と応えて、部長は窓際の自分の席に向かう。  部長の席はデスクが俺らより大きい。デスクが向かい合わせに五個ずつ、全部で十個固まってる俺らのシマとは、少しだけ離してある。配置は隣の広報部も同じだけど、向こうは人数が少ない分シマも小さい。  俺の席はオフィスを入ってすぐ、出入り口に背中を向ける形で、左から二番目。俺の席から見て左の壁際に、ずらりと扉つきの背の高いキャビネットが並んでる。途中、間にコピー機が割りこんで、またキャビネットが並ぶ。広報部との間にも、背が低めのキャビネットが目隠しも兼ねて二列背中合わせに置いてある。奥に進むと広報部の左の方に奥行きがあって、オープンなミーティングスペースと小さめの会議室。ミーティングスペースの向かい側に、トイレと給湯室がある。 「樹、今日定時で上がれそう?」  大沼の笑顔がさらに深まり、部長に続こうとしていた俺に向けられる。涼やかな笑顔。外回りの疲れも一瞬で吹っ飛ぶ。  そう、俺はこいつが好きなんだ。同期として内定式で一緒になった時から、ずっとだ。
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