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「ごめん、ちょっと考え事」
頭をかきながら言う俺に、ほっとした顔になる。大沼は表情豊かで、でも会社でも不機嫌そうな顔は見たことなくて。くるくる変わる表情を、ずっとそばで見ていたいと思う。俺がこいつを笑わせて、二人ずっと楽しくいられたらいい。
「ほら、着きましたよ」
エレベーターで雑居ビルの五階に上がると、寺田は店の入り口で店員に、予約した寺田ですと言った。大沼も驚いたらしく、思わず顔を見あわせる。いつの間に? こいつ、手回しよすぎだろ。
「金曜の夜なんで、一応です」
びっくりしている俺達を見て、へらっとうれしそうに笑ってみせる寺田。通された個室で、寺田は俺達を奥に並んで座らせ、自分は個室の入口側、つまりいわゆる下座に座った。まず飲み物をタッチパネルでオーダーし、メニューを俺達に向けて広げ、自分はタッチパネルを見る。さりげなく、でもしっかり今日の飲みを仕切るつもりか。カンペキじゃねえか。
気がきくヤツだとは思ってたけど、これは俺もうかうかしてらんねえかも知れねえぞ。
「大沼さん、実家人形町ってことは先祖代々昔からずっとそこに住んでた感じですか?」
俺と寺田は生ビール、大沼はウーロン茶で乾杯すると、大沼の方に身を乗り出すようにして寺田が言った。
「うん、まあね」
大沼は笑顔で枝豆に手を伸ばす。俺もその辺詳しく聞いてみたい。でも、さんざん聞かれてるからなのか大沼はこの件になると口が重くなるから、なるべく黙ってることにする。
俺んちも開業医で、親父がクリニックの院長先生で母親が事務を見てるから、騒がれてウザい気持ちは分かる。
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