Knockを奏でる日

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「なんて事するの!あんたの大事な指がっ」  窓際にいたから、万が一でもぶつけて怪我でもしたらっ。 「大丈夫。怪我なんてしてない。ふふっ、詩の心配性」 「本当にあんたはもう」  そっとお腹に回った手を軽く撫でる。  誰よりも心打つ音を奏でる、唯一無二の手。 「じゃ、早速だけど」  しんみりと愛しく思って触れた手が、スルッと抜けていった。  あ、あれ?  振り返ると、笑顔で譜面を手にしている。 「ベートーヴェン?」 「そう。私達にぴったりでしょう?」 「いや……文化祭だよ?もっとみんなが聴いて楽しい曲がいいんじゃない?流行りのJ POPとか、映画のサントラとか」  私の提案に、黒田は不機嫌顔を露わにした。 「嫌よ。何年越しだと思っているの?」 「へ?」  何年越しって?  ベートーヴェンなんて…… 『あなたたちに、ピッタリだと思うわ』  ピアノの先生の言葉が、ふと頭に響いた。  あれは確か、ピアノ教室で。  先生が私達に譜面をくれたんだ。 『いつか、二人でこの曲を奏でる日を、楽しみにしてるわ』  でもその日は、黒田の最後のレッスン日で。  もう会えない事しか考えられなくて、私はその譜面を押入奥にしまい込んだ。 「私はずっと、この日を待っていたのよ」  笑顔で譜面を私に渡してくる。  まったく……。 「敵わないなぁ。音々には」  少し色褪せた譜面。そこには  〈絶対、詩と弾く!〉  少し幼い字で書いてある。 「最後の演奏が無様にならないよう、頑張らないとね」  離れる事に不安になるんじゃなくて。  お互いの支えになれるように。
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