マモオとタモオ

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ウンメイなんて、オレは信じないぜ。 同感だね、オイラもそうさ。 マモオとタモオは、そう言い合って、頷き合った。 それはとりもなおさず、二人が揃って、ウンメイなんてものを信じているからに他ならなかったからだろう。 信じないぜ、と強がるウンメイを本当は信じる。 同感だね、と頷く。頷き合う。 ――出会ったのは、ほんの3日前。 「あ」 「あ」 帰りのコンビニで、棚の商品に伸びた手が重なった。 譲ったのはマモオが先だった。タモオは遠慮したが、どうぞというようにマモオが頷くと、 少し頷き返して、商品をそのままジャケットのポケットに入れた。 「よく、やんの?」 「ときどきね」 「オレもさ、ときどき」 「そうなんだ」 「そう、そう」 「捕まらないよね」 「うん、運がいいのかな」 寄ってきなよ、と誘われて、そのままタモオの部屋に、マモオは行った。 へー、なんか、スッゲーいい部屋、とマモオは感心した。 高層住宅の7F・角部屋。マモオとの住まいとおんなじ、ワンルームの作りだが、広い。 「なんだかさ、動物園とかやれそう」 ふと思いついたことを、マモオは言った。構えなく、スッと言えた感じが良かった。 「放し飼い?」 タモオもノッてくる。 「まあね。檻に入れとくとかは、つまんないかもね」 「シマウマ、なんて、いいよなぁ」 うっとりつぶやくマモオに、 「クジャクとかも、いいかもなぁ」 タモオも、またノッてきて、目を閉じる。そうやって、それはそれでうっとりしているポーズらしい。何だか二人して、夢見ごっこをしているような気分にもなって、マモオは照れながら、 「どういうご身分?」 と訊いてみる。 広々としたワンルーム、裕福そうだ。ソファを始め、アンティーク系の家具などが嫌味もなく、きっちり納まっている。 「え、浪人中だよ」 恥ずかしながらね、と半笑いの顔をしながら、タモオはあっさりこたえる。 地元の大学の医学生だが、今年受けた医師免許取得のための国家試験には失敗したという。 「へー、お医者さんのタマゴさん!」 「だからー、まだタマゴにもなっていないってとこ。試験、落っこちたんだから」 アハハと悪びれない様子が何だか好きだとマモオは思った。 きみは? と訊かれる前、 オレはコック見習、とこたえる。 「へー、料理人さん!」 「でも、1週間前に解雇になった」 「ミスでもやっちゃった?」 「いや、店そのものが潰れてさ」 あーとタモオは頷き、それじゃあ仕方ないねとマモオの肩をやさしく叩き、飲もうか、と笑う。 ふかふかのじゅうたんに、チョクで胡坐座りをして、まずはビール。それから、タモオはブランデー。 きみもいくだろ、とグラスを渡される前、 酔っぱらわないうち、作っちゃおうね、とマモオは立ち上がった。 これでも、この間まで、いちおう食べ物屋のスタッフだったわけだからね。ヘタでも、何かさ、ささっと拵えて進ぜますぞよ、と歌うような口調で言って、 キッチン、借りるよ。冷蔵庫も勝手に開けるよ、とおつまみ作りの意思を伝えると、 ああ、好きにしてくれ、とタモオはOKサイン。 えーと、と考え込む暇もなく、カルボナーレのパスタに、レタスやブロッコリーの野菜サラダ、その他の1品料理を3つ4つの皿に盛った。 「さ、さっすがー」 タモオは心から感心している。 すなおにうれしくなったマモオは、ビールもブランデーもグイグイ飲んで、すっかりイイ気持になった。 ――夢の中で、シマウマが駆ける。クジャクが羽を広げる。 クジャクに、シマウマが近づく。キスを交わす。 ああ、これは夢なんだ、だからこんなに気分が安らかなんだと、マモオは思う。 でも、夢が覚めても、このいい気分は消えていないだろうと夢の中で確信する。 それは、たぶん、目が覚めたら傍にはタモオがいてくれる、その思いが持って来るものだ。 「よく、眠ってたなぁ」 目を覚ますと、タモオのやさしい声。 夜は疾っくに明けて、部屋には、朝陽。そのひとすじふたすじを身に纏うような仕種をしながら、マモオは起き上がった。ちゃんとベッドで眠っていたんだと気づくが、 「重かったろう」 「オレよりは、軽い」 あ、そっかーとベッドまで自分を運んでくれたタモオに感謝した。 その日から、マモオとタモオの二人暮らしが始まった。 1週間前、解雇されて落ち込んでいた自分がウソのようだ、とマモオは思った。 なんかさ、気軽にイッたら良く無くない? とタモオは言ってくれる。 この部屋を根城としながら就職活動をゆっくりやればいいと勧めてくれているわけだ。 「コックさんにこだわらないってのも、一つの道だよ」 「でもなぁ、それくらいしかやれそうなものないかも。料理作りとかは、まあまあ好きだし」 「ま、とにかくホントに気軽にやんなよ。ねぐらとかさぁ、食いブチとかさぁ、そんなあれこれはシンパイしなくっていいからな」 「甘えちゃっていいのかな」 「イイから、こうして申し上げている」 さて――というわけで、タモオのパソコンを借りて、朝昼晩とネットで検索を掛けたりして、就職先探しに励むマモオであったが、これだと思う仕事口はなかなか見つからない。 うまくいってるかい、と様子を探るタモオは、ほら、腹ごしらえでもしなよ、とサンドイッチやらおにぎりやらと勧めてくれるのだが、 「まあ、ご遠慮なくどうぞ。本日の戦利品ってとこだから」 とわるびれず、万引きの成果を自慢する。 「ダ、ダメだろ。それは」 「まあ、そうかもしれないが」 「捕まっちゃうよ、いつか」 スリリング~とタモオは笑うが、国家試験浪人中の医学生が万引き犯と謳われるネット記事など想像するだけでなんだか厄介だ、とマモオはマジで心配した。 「きみは、もう、やんないのかよ」 「やんないよ。だって、そんなことするひつよう、ないもの。きみのおかげで衣食住の不自由はないからね」 「そりゃそうだが、それだけじゃジンセイってものは、ツマンナイかもよ」 「いっしょにやろっていうわけ? マ・ン・ビ・キ」 「きみは、見張り役ってとこでもいいからさ」 軽く言ったかのタモオは、マモオのホッペに、軽くキスをする。 マモオは、もう断れなかった。 1軒目のコンビニで、歯ブラシと箱入りのグミ。 2軒目では、ミントのガムと冷凍のエダマメ。 3軒目に向かおうかというところで、まあ、今日はこの辺にしておこうかとタモオから言われ、マモオはホッとした。 「マジ、ヤバイって」 「オレはさぁ、きみにこの部屋から出て行ってくれなんて言いたくないのよ」 「オイラって、よーするに、万引きの片棒担ぎ役で雇われたみたいなもん?」 「わるい?」 やっぱり軽く言うタモオは、また、やっぱり軽く、マモオのホッペにキスをした。 戦利品が溜まっていく。 部屋の隅を陣取る品々を、タモオは愛おしそうなまなざしで眺めている。 「どうして、オイラたちって、こうも無傷のままでいられるわけ?」 「そろそろ捕まってもいい頃だって、思ってるわけか」 「まあね」 ――マモオの夢の中で、またシマウマが駆ける。クジャクが羽をひろげる。 捕まっちゃうヨ、捕まっちゃうヨ。 シマウマもクジャクも口々に言っている。 うっせーんだよ。マモオは、タンカを切るように言葉を返すことしかできない。 捕まっちゃうヨ、捕まっちゃうヨ。 そのまま、タモオの夢の中にも出て行ってやって、言い聞かせてやってくれよ。 マモオはお願いするのだが、効き目はないらしい。 タモオの戦利品は、その後もとめどなく部屋の隅を陣取るばかりだった。 それでも、なんとかしなくては、との思いは、マモオの中でも膨れ上がるばかりだった。全く何とかやめさせなくては、エラいことになる。 ある日、風邪気味なのを言い訳にして、今日は勘弁してくれと謝ると、医師のタマゴのタマゴさんは、それなら仕方ないなと体の具合を心配してくれ、さっさと薬をくれる。 しかし、じゃあな、とさっさと一人で、戦利品の獲得に出掛けた。 次の日も次の日も、そうだった。 別の心配が、マモオを襲った――ほんとに自分は用済みになっているのかもしれない。 不安は的中したようだった。 見張り番とかいないと不自由だろ、と訊いてはいけない質問をしてしまったマモオに、タモオはあっさりこたえた。 「どうってことはないさ、新しい見張り番さんを見つけたからな」 「え?」 「きみとの出会いとおんなじさ。ある日のある時その瞬間、獲物の商品へと伸びる手と手が重なった。あ、どうぞ、ヨロシクってなもんさ」 「そいつと、せっせと励んでいるってわけかい」 「まあな」 「それは、とっても、よくないことだよ」 「よくない――きみではない誰かと、良くないことに励んでいるのがよくないというのかい。それとも、商品を獲物としてかくとくする、そのこと?」 「両方に決まっているじゃないか」 即座に答えた自分に、マモオはハッとした。 後者に決まっているじゃないかと即座に応えるべきだったのかもしれない。前者であれば、ヤキモチを焼いていると取られても仕方ない。 思わず泣きそうになるマモオを見て、タモオは、笑った。 「安心しな。新しい見張り番さんなんて、いないさ。頭の中に飼っているシマウマさんやクジャクさんがそのお役目を果たしてくれてるってもんでさ」 タモオは、真面目な顔をして、やっぱり、マモオの頬にキスをした。 シマウマが駆ける。 クジャクが羽を広げる。 駆け過ぎて転びそうになるシマウマを、羽根を広げ切ったクジャクが助ける。 羽根の全てで、シマウマの体を覆うようにして、そのまま何処かへ飛んで連れて行くような意思を、クジャクは感じさせる。それほど、ひたむきだ。 「無理しなくていいよ」 「ムリなんて、してないよ」 言葉を交わし合ううちにも、シマウマとクジャクが、マモオとタモオに変幻する。 ――しかし、カタストロフは唐突にもやって来た。 シマウマとクジャクのイチャイチャぶりに見惚れている一瞬に隙が出来た。 初めて入った新規開店の隣町のコンビニだった。売り出しセールで混んでいて、まさか見つかるとは思いもしなかった、そんな油断もあったろう。 詰め替え用のシャンプーとノド飴をくすめたところで、見つかった。 逃げるしかない。 追っ手の足もゆるくないが、追われる身の二人の脚は、もっと速い。 「なにしろ、オレはシマウマだからな」 「そうとも、オイラはクジャクだからな」 駆け足に更なるターボを利かせながら、言い合う余裕さえ、ある。ある ウンメイなんて、オレは信じないぜ。 同感だね、オイラもそうさ。 言い合って、頷き合うばかりのマモオとタモオは、やっぱり二人揃って、ウンメイなんてものを信じている。 信じないぜ、と強がるウンメイを本当は信じる二人であることが、うれしかった。 だから、交差点まで来ても、むろん信号無視の二人が、軽トラックに轢かれることなど朝飯前だったのかもしれない。 急ブレーキを掛けられた瞬間のタイヤに、二体が巻き込まれ、遠ざかって行く意識の中で、ウンメイなんて信じない。うんうん、同感だね、と頷き合う。 そうしながら、この世でないあの世に行っても、おんなじことをまた言い合って、頷き合う、そんな自分達がイヤじゃないんだ、とマモオもタモオも思った。
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