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夏の終わり。それはぼくにとって夏休みの終わりを意味する。だからぼくの夏は今日で終わりということになる。でもぼくにはよゆうがある。なぜなら夏休みが始まってすぐに宿題を終わらせたからだ。
昼過ぎ、ぼくは胸を張って明日の準備を始めた。あれやこれやと宿題をランドセルにつめていく。するとどうだろう。何やらガサゴソと奥から聞こえる。その正体を確かめようと手を中に入れると出てきたのはシワシワになったげんこう用紙だった。それは読書感想文を書くためのものだ。ぼくはダラダラとあせをかきながらも頭をフル回転させた。そしてげんこう用紙と筆箱を持つと家を飛び出した。行き先は図書館だ。走って、走って、町の小さな図書館の前に着くとぼくは息を整え中へ入った。
「あっ」
ぼくは思わず声を上げる。そこには親友のケンタがいたのだ。
「もしやお前も?」
ケンタがうれしそうにぼくを指差す。
「ぼくは読書感想文だけ、忘れてたんだ」
ぼくはケンタをにらむ。誤解されたくはなかった。
「おれは読書感想文も、だけどさ」
ケンタはほほをぽりぽりとかく。
「コホン」
本の整理をしていた図書館の館長がぼくたちを見ていた。そうだ。ここは図書館。ぼくたちは何のためにここにいる?
「でもまあ、やらなきゃいけないことにかわりはないか」
ぼくは声を小さくしてくだらないことで張り合ってしまったことを反省した。
「そうそう」
ケンタは相変わらずうれしそうだ。
ぼくたちは静かにあくしゅをかわした。今日で終わらせなければならないぼくたちはふたりでやりとげようと決めたのだ。
「まずは本を決めなきゃな」
「だな」
ぼくたちは図書館の本だなをながめる。数え切れないくらいの本がある。
「どれを選べば良いんだかわかんないな」
ぼくはため息をついて適当な本に手をのばす。
「協力すれば良いんだよ」
ケンタはぼくの手をつかんだ。何やら思い付いたようだ。
「読書感想文は協力出来ないだろ」
まさか同じ本を読んで協力して書くとでも言うのだろうか? そんなの先生にバレて怒られるに決まっている。
「おれたちっておたがいのこと良く知ってるだろ? だから好きなものだって知ってると思わないか?」
ケンタがニヤリと笑う。おれって天才、とでも言うように。
「ああ、だからおたがいに好きそうな本を選んでやるってわけか」
ケンタの言いたいことがわかったぼくもニヤリと笑った。
ぼくたちは早速本だなをあちこちと探し始める。ケンタが好きなものは動物だ。それにまちがいなく面白くて笑えるものだ。これかなあ、あれかなあ。でも読んでみないと良くわからないんだよなあ。そんなことを思っている時だった。ぼくはうれしくなった。だって見つけてしまったのだ。窓際のふたり座れるテーブル席に座ってケンタを待つ。本を背中にかくしケンタはやって来た。ぼくがそうしていたからだろう。ケンタが席に座るとぼくたちは本を見せ合った。ケンタはおんぷちゃんのぼうけん、ぼくはニワトリが飛ぶという本だった。ケンタが選んだ本の表紙にはリボンをした八分おんぷががくふの中を走り回っていた。ぼくはそれに興味を持った。人間じゃないものがぼうけんする話がぼくは大好きなのだ。見事、と言うほかなかった。ケンタはというと声を出さずに大きく口を開けゲラゲラと笑っていた。ぼくが選んだ本の表紙にはひっしに飛ぶカラスの背にニワトリが我が物顔で座っていたからだ。ぼくも正解したのだ。ぼくたちは内容だって自信があった。おたがいに読んだことがある本を選んだからだ。
ぼくはわくわくしながらページをめくる。おんぷちゃんのぼうけんがはじまったのだ。おんぷちゃんはひとりでつまらなかった。ひとり、またひとりと仲間は増える。二分おんぷ、四分おんぷ、十六分おんぷ、全おんぷ。しかしぼくのねむけまでもどんどんと増えていく。ぼくはテンポの良さに心地良さを感じていたのだ。この本を読みながらねむりたい。ぼくはうとうととしながらぼうけんするおんぷちゃんを見守っていた。
「ここからが面白いんだよ。ねたらもったいない」
本をのぞきこんだケンタがぼくのかたをポンポンとたたく。
「そっか」
ケンタの言葉にぼくの目はパチリと開く。おんぷちゃんのぼうけんをちゃんと目に焼き付けなければ。
がくふの途中に座りこんでじゃまをする全きゅうふをたおし、おんぷちゃんたちは進んで行く。そして最後の全きゅうふをたおすときれいな曲がきこえてきた。おんぷちゃんたちがふり向くと今まで歩いて来た道がひとつの曲になっていたのだ。
「おおっ」
ぼくの目はきらめく。心がはずんだからだ。
ケンタはまだ読み終わっていなかった。けれどページをめくる度に笑うので選んだぼくも鼻が高かった。しかし、その笑いが止まり何やらなやみ始める。
「どうした?」
気になってぼくは声をかけた。
「ゆだねるってどういう意味?」
意味のわからない言葉が出てきたのだ。
「任せるってことだよ」
ぼくは自信満々で答える。
それからケンタの笑いは何度か止まることがあった。同じ理由だった。だからぼくはその度に直ちに、はすぐにという意味で、おもむろに、はゆっくりとという意味だと説明した。全てに答えられたのはぼくも読んだ時にわからず調べたからだった。
本を閉じたぼくはげんこう用紙を広げる。そして頭の中でおんぷちゃんのぼうけんを巻きもどし再生する。最初はスラスラと筆が進んだ。しかし、どうしても本を何度も開くことになった。おんぷちゃんの仲間の名前がごっちゃごちゃになっていたからだ。
「二分おんぷのおんぱちゃん、四分おんぷのおんぴちゃん、八分おんぷのおんぷちゃん、十六分おんぷのおんぺちゃん、全おんぷのおんぽちゃん。ぱぴぷぺぽ、だ」
ぼくを見もせずにケンタは教えてくれた。
「ああ、そういうことか」
ぼくは大きくうなずいて納得した。
頭の中が整理整とんされスッキリとしたぼくはそのまま最後まで止まることなく書き終えることが出来た。
ケンタはぼくよりも本を開いていた。そりゃあもう、ちょっと書いては開き、ちょっと書いては開きって具合に。
「どんな内容だか忘れちゃった?」
もしかして、とぼくは聞く。ぼくもそういうことが良くあって何度も前のページにもどったりするからだ。
ぼくに気付かれたのがはずかしかったのかケンタは小さくコクンとうなずいた。
「じゃ、ちょっと待ってて」
そう言ってぼくは自分のげんこう用紙を裏返す。大体こんなことが起きたんだと書くためだ。
ぼくはニワトリが飛ぶ、を思い出しながらつらつらと書いていく。養けい場に住むニワトリはエサをぬすみねどこまで利用しているカラスに毎日からかわれていた。卵を取られてバカみたい、毎日生むのもバカみたい、飛べないのに鳥だなんてバカみたい、と。頭にきたニワトリはうそをつく。キラキラかがやくビー玉が沢山落ちている場所がある、と。案内してやるからお前の背中に乗せろと言うとカラスは喜んでニワトリを乗せた。あっちだこっちだとにわとりは言うけれどいっこうにそんな場所には着かない。仕方なく養鶏場にもどって来たカラスはおこった。初めて空を飛んだニワトリは満足そう。
「バカだねえ、飛べない鳥を信じるんじゃないよ」
ニワトリはケケケと笑った。
書きながらぼくは笑ってしまった。やっぱりこの本は面白い。
げんこう用紙の裏を読みながらケンタは熱心に書き始める。そうだ、そうだ、とつぶやきながら。読書感想文を一日で書き終えたぼくたちは達成感に包まれていた。あくしゅをかわし図書館を後にする。完ぺきな夏休みの終わりだった。
学校が始まり、ぼくたちは次々と宿題を提出していく。最後に読書感想文を提出した時は清々しかった。
「読書感想文は九月に授業でやるんだぞ」
先生はぼくたちに読書感想文を返した。
「だったらどうしてげんこう用紙を渡したんですか?」
ぼくらはおこっていた。それなら九月になってからげんこう用紙を渡せば良いじゃないか。
「どうして聞いてないんだ?」
先生もおこっていた。
ぼくらのいかりはまだ燃えさかっている。このいかりをどこにぶつけて良いのかわからない。だからぼくたちは学校が終わったらさけびながら帰ろうと約束した。
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