夏の地獄

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夏の地獄

 蝉が死んでいる。  太陽の光に全てが白く溶けていきそうな、八月も半ばを過ぎた、ある午後のことだった。  発端はまさに、その蝉が、俺の足元に落ちていたことだった。  そいつは背中を道路につけ、足をだらんと広げて、歩道のコンクリートの白に灼かれていた。  俺は、スニーカーの爪先で蝉を、道の真ん中から除けた。誰かが踏んだら可哀想だし、俺だって踏みたくはなかった。  そのとき、予想外のことが起きた。当然予想すべきことかもしれなかったのだが。    ジジジ、ジジジジッ。 「うわっ?!」  俺は叫ぶ。  死んでいると思った蝉は、体を震わせ、振動音を発する。  それからなんとか飛び立とうと、道路の上をのたうち回る。  その最後のあがきがとどめになったのか、蝉はやがて、飛び立とうとすることも、鳴き声を発するのもやめて、完全に停止した。 「……気持ち、わるっ」    俺は呟いたのだ。  それは、まだ生きている生き物の体を粗末に扱ったこと、そうしたことでその生き物の生命にとどめを刺してしまった後味の悪さ、後悔、それから紛れもない生理的嫌悪感から来る言葉だったと思う。
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