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数日後川口の宮原の家族の所へ行き、ツジリがインタビューをしている合間に葵陽は撮影の機材を車から取り出して自宅の前に設置をしていった。 「では、数枚写真を撮っていきます。……皆さんリラックスしていいですよ。では、撮りますね」 しばらくシャッターを続けて切っていくと家族の表情が暗くなってきたので、途中でカメラを下ろすと母親が涙ぐむ顔を浮かべていた。 「あと三週間後にこの家も取り壊されるんです。ここは私が両親ととともに暮らしてきたところなので思い出がたくさん詰まっている場所。本当はもう少し先延ばししたかったのですが次の家主がこれ以上待てないって言われてしまって……」 「弁護士とも相談したのですがやはり期限は約束通り守っていただきたいと言われたんです。母さん、今度住むところはここよりも狭いアパートだから不安が募るばかりなんです」 「ひとつの家族の宝物がなくなるのなら、お二人に記事として残せるように託したい。そういう願いがあって今回応募をしたんです」 葵陽は父親に会ってきたことを伝えて、皆が離れ離れになっても元気に暮らしていけるのならそれでいいのだと話していたと告げると噛みしめるように家族は肩を抱き合っていた。 「矢貫さん、僕らもこれ以上悲しい顔をしながら生きていくのは嫌です。だから、これまで撮っていただいた中で良い写真のものを記事にしてください。お願いします」 「私からも、お願いします」 「わかりました。できるだけ皆さんが納得のいくものを厳選して記事にします。辻本とともに良い写真載せますから。お約束いたします」 撮影が終わり家族に挨拶をして家を後にした。帰り道の車の中で、ツジリは葵陽がどんな時でも皆に笑顔を振舞えることができていて、先程の家族にも最後まで温かく接していられる姿を見た時、入籍当時の葵陽の真っすぐな優しい眼差しを振り返っていたと話していた。 「俺と再会するようになってから昔の話をするようになったよな。何か思い出した?」 「あの当時って周りの期待に応えようって良いように取り繕っていた気がする。でもそんな仮面なんか被っていたっていずれかはレッテルが貼られるって怖がるような気もしていた」 「俺と一緒になったことが当初から不満だったってこと?」 「そうじゃないよ。私個人が悩んでいたこと。葵陽への不満はあまりなかった。むしろいつも優しすぎてウザかったわ」 「またウザいって言ってるし。そんなにウザいって思ってたらどうして当時付き合っていた彼氏を捨ててまで俺と一緒になったんだ?」 「一緒に仕事を続けたかったの。今と違って葵陽、ガツガツしててなんか男前っぽくて惚れ惚れした感じだったし。周りの誰かに取られるなら私が奪ってやりたいくらいだった」 「そんなに闘争心あったのか?怖いなぁ女子って……」 「今となっては良い思い出よ。もう止めよう」 「自分から話しておいてそれはないだろう」 「そうそう、新しい人見つかった?」 「何度も言わせるな、今それどころじゃない。まだ先延ばししてもいいよ。お前こそ彼氏とかいないのか?」 「ああ……」 「ああって、心当たりでも?」 「私の方もどうでもいい。……まあどうでもいくないか」 「何なら一層のことお見合いでもしたら?」 「ええ?面倒くさそう。結婚相談所とか婚活パーティーとか顔を出してそれこそ愛想を振りまくんでしょう?ああいうところの女性たちって化けの皮剥がしたら何起るかわからないしさ」 「どうだろうな?システム的にも個人情報とか管理ができているなら野獣みたいな人なんか来ないんじゃないか?」 「野獣!いたらいたでそれも面白そうだね」 「笑い事じゃないさ。そういう所に来る人ってみんな真剣だよ」 「なにそれ。何か葵陽、そういうのに関心あるわけ?」 「俺もよくわからないけど、それはそれであっていいことなんじゃないのか?」 まさに自分が意中の人間で登録して通っていることがバレそうで内心ひやひやとしながら葵陽はツジリと会話をしていった。出版社につくと彼女は次の依頼主との打ち合わせをしようといい会社の中に入っていった。 葵陽は自宅に着いて夕食を済ませた後シャワーを浴び浴室から出るとスマートフォンに着信が来ていたので開いて見ると結婚相談所からの電話だった。その直後にメールが届き、彼宛てに会いたいという女性が来ているので相談所に来て欲しいという知らせが書いてあった。 そのさなか葵陽は、この一ヶ月ほどツジリと一緒に仕事をしていることを思い返し、彼女への想いが次第に気移りしそうな気配を感じていた。とっくに別れた相手なのに未だに女性として見ているのもどうかと考えていたが、本当はもう一度やり直してともに暮らせることは出来ないのだろうかとも思っていた。 グラスに注いだビールの泡が過去の自分を思い返すかのように泡が弾けて溶けていくようにも見えている。 彼は寝室の棚を開けてあるものを眺めている。ツジリと暮らしていた時に撮ったモノクロの写真が捨てられずに保管していたのだった。それを眺め当時の彼女への慈愛が今でも記憶に残っていて、捨てきれない自分の手緩(てぬる)い加減さが拭いきれずにいたのだった。
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