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それでも会いに来たということに、嬉しくなってしまうのはしかたがないだろう。
「先生、今日こそは誘いにのってくれるよな?」
断る理由を考えておくべきだった。言葉に詰まり、浅木から視線をそらして嘘を口にする。
「実は禁酒を……」
「ノンアルコールのカクテルもあるから」
食い気味に言われ、しかも両手を掴まれてしまう。これで完全に逃げ道をふさがれてしまった。
「はぁ、わかった」
一度だけ。それで約束を果たしたことになるだろう。
「俺は安い居酒屋しか行かないからな。それでいいのなら……」
「いや、俺が任されている店があるんだ。そこで飲もう」
「店を任されているって、すごいな浅木」
「母親の店だよ」
それでもだ。不良だった少年が店を任されるようになったのだから。
気持ちが重苦しかったが興味がわいてきた。彼が働く姿を見てみたくなった。
「そうか」
口元が緩んだ。
「そんなに喜んでもらえるなんて思わなかったな。よし、美味しい酒を飲ませてやる……て禁酒中だったけな」
と口角をあげる。どうやら断る口実で嘘をついたとに感づかれているようだ。
それならと開き直り、
「アルコールの方を頂くよ」
と答えた。
「わかった。楽しみにしてな」
大人になった彼が見せる無邪気な笑顔。その表情に桧山の胸が小さく音を立てた。
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