懐かしき顔

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 それはそうだろう。桧山だって全ての生徒を覚えているわけではない。だからそれにたいしてはショックではない。  ただし大和が口にした言葉。一緒に住んでいるということを差しているのではないか。  やはりか。もう、家庭を持っていても可笑しくはない歳だ。  過去を振り返らず未来に進む、それができない桧山は変わらぬ日々を続けている。  この歳で家庭を持たず、しかも恋人すらいない。それが惨めで卑屈になる自分が嫌だ。  それによりによって浅木というのがよくない。 「浅木、そろそろ……」  側にいると落ち込むだけなので帰ろう。だが、その言葉は浅木の言葉によって最後まで伝えることができなかった。 「先生、待って。久しぶりに会ったんだし飲まない?」  社交辞令の常套句。そんな言葉もいえるようになったのか。  大人になった浅木が目の前にいるというのに、どうしても高校生の頃の彼を思ってしまう。だから感心するのだ。  いや、感心している場合ではない。正直に言うと違和感もあって複雑な気持ちなのだ。だから誘いにはあまり乗りたくなかった。 「悪いな。明日の小テストを準備しようかと」  断る理由に予定にないことを口にしたのだが、 「それなら明日」  それでおしまいということにはならなかった。 「明日も無理だ。当分忙しい」  素っ気なく言い返し、これで付き合いの悪い奴だとあきらめるだろう。 「それなら連絡先の交換しよう」  スマートフォンを取り出して横に振った。  桧山はそう簡単に連絡先を交換するタイプではない。だから軽く感じでしまった。 「あ……悪い、スマートフォンを忘れてしまったようだ。学校に戻るからまたな」  そう思ってはいてもはっきりと教えないと口にすることができない。
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