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嘘は駄目だと生徒にはいうくせに、自分がしかも二度もついてしまった。
「わかった。また今度な」
今度はすんなりとひいた。さすがにわかったのだろう。連絡先を交換したくないということを。その言葉を聞けて安堵する。
「あぁ。大和君、きちんとテストをお母さんに見せるんだよ」
「はーい。先生、ばいばい」
浅木の手を握りしめ、もう片方の手を桧山に向けて振る。それに応えて桧山も手を振ると浅木が頭を下げた。
用もないのに学校へと引き返し、途中に数人の生徒に声を掛けられて、先生が忘れ物かよと笑われた。
普段は忘れ物を注意する側なのだから、言われても仕方がない。
そしてその度に心の中で訂正を入れながら職員室へとたどり着く。
「あれ、帰ったんじゃ……」
桧山に声をかけてきたのは元教え子であり、同じ教科を担当している林田だ。
「忘れ物をしてしまってな」
「あはは。先生ってしっかりしてそうで抜けているところがありますよね」
林田はこの学校の元生徒で、昼休みにたまに歴史の話をしたりご飯を一緒に食べていた。気まぐれな猫のようにふらりときて、好きな時間に教室へと戻っていく。そんな関係ではあったが、ふたりでいる時間は穏やかで心地が良かった。
「確かにその通りだが……あ、カバンの中にあった」
スマートフォンを中から取り出して林田の方へと向けた。
「ドンマイです」
「それじゃ帰るな」
「お疲れさまでした」
敬礼をして送り出す林田に、軽く笑って見せて職員室を後にする。
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