懐かしき顔

6/7

64人が本棚に入れています
本棚に追加
/50ページ
 嘘は駄目だと生徒にはいうくせに、自分がしかも二度もついてしまった。 「わかった。また今度な」  今度はすんなりとひいた。さすがにわかったのだろう。連絡先を交換したくないということを。その言葉を聞けて安堵する。 「あぁ。大和君、きちんとテストをお母さんに見せるんだよ」 「はーい。先生、ばいばい」  浅木の手を握りしめ、もう片方の手を桧山に向けて振る。それに応えて桧山も手を振ると浅木が頭を下げた。  用もないのに学校へと引き返し、途中に数人の生徒に声を掛けられて、先生が忘れ物かよと笑われた。  普段は忘れ物を注意する側なのだから、言われても仕方がない。  そしてその度に心の中で訂正を入れながら職員室へとたどり着く。 「あれ、帰ったんじゃ……」  桧山に声をかけてきたのは元教え子であり、同じ教科を担当している林田(はやしだ)だ。 「忘れ物をしてしまってな」 「あはは。先生ってしっかりしてそうで抜けているところがありますよね」  林田はこの学校の元生徒で、昼休みにたまに歴史の話をしたりご飯を一緒に食べていた。気まぐれな猫のようにふらりときて、好きな時間に教室へと戻っていく。そんな関係ではあったが、ふたりでいる時間は穏やかで心地が良かった。 「確かにその通りだが……あ、カバンの中にあった」  スマートフォンを中から取り出して林田の方へと向けた。 「ドンマイです」 「それじゃ帰るな」 「お疲れさまでした」  敬礼をして送り出す林田に、軽く笑って見せて職員室を後にする。
/50ページ

最初のコメントを投稿しよう!

64人が本棚に入れています
本棚に追加