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主訴:怪我が絶えないんですが
小村を出迎えた医者は、少し困惑していた。
「あの、ここはC外来ですが……」
「大丈夫です、合ってます」
小村は松葉杖をついた状態でゆっくりと診察室へ入ってきた。看護師が彼を補助し、どうにか椅子に座る。
「昨日、整形外科行ってきたばかりですから」
「骨折ですか」
「お恥ずかしながら、酔っぱらいと喧嘩しちゃって……」
「それはそれは、お大事になさってください」
「それでその、やっぱりヒーローは良くなかったんですよね。やっぱり」
「といいますと」
「腕力もなくて武道の心得もないひ弱な人間が、急に正義感なんてもって無鉄砲に立ち向かっていったら、そりゃあ怪我もしますよ。歩きスマホやらポイ捨てやら、信号無視やら、小さなルール違反が町にはあふれてます。それをすべて指摘していたら会社にもろくに着かない。それに、注意された側が素直に聞くことなんてあまりないんですよね。大抵無視されるか、逆ギレされるか」
「こめかみの傷も、そういうことですか」
「これは空き瓶を投げられたときの傷ですね。この年でこんなに救急箱を使うことになるとは思わなかったですよ。それに、とうとう骨折まで……」
「では、ヒーローは却下と」
「体を鍛える前に命を失いかねませんから……」
「では、改めて、お話を聞かせてください」
「僕がなりたいのは……際立って優れたところはなくて良いんです。でも、自分の信念に従って時には誰かと対立することもいとわない、他人に優しくすることに喜びを感じるけれど、自分のことも同じくらい大事にする、そんな、性格です……かね」
「なるほど。ふうむ……」
医者は口をつぐみ、しばらく考えていた。
「それは、もうお薬でどうにかするというおはなしではなさそうですね」
「治せない、ということですか?」
「そうですね。つまり……」
「やっぱり、薬で性格改善するなんて、無理なんですね。そうなんだ。そうか、そっか……」
小村は、医者の言葉も右から左に抜けてしまっていた。
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