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「何故こちらにいらしたのですか?」
今日はこちらにいらっしゃらないご予定でしたのに、と。
そう。
本当は梔子が1人で行うはずの仕事だった。
愁哉はただ彼女に情報を与え、警備兵の動きを止めるだけで良かった。
計画から飛び出したのは、ただ。
「梔子嬢がご婦人だからです」
あの男は見境がない。
綺麗な顔立ちで若ければ、男も女も関係なく手を出す。
まさに獣のような人間だ。
梔子が獲物にならないとは限らない。
そう思った。
ただそれだけだ。
きちんと言葉にしてみると恥ずかしい。
愁哉はにわかに唇の端を噛んだ。
しかめっ面をしつつ、目玉だけをそろりそろりと動かす。
梔子は。
愁哉は驚いた。
梔子があまりにあどけない顔をしていたからだ。
「梔子嬢?」
愁哉の呼び掛けにはっとして、梔子は薄く開いていた唇を閉じた。
そうでしたか、と淑女らしい微笑みを湛える。
「ありがとうございます」
丁寧に礼をされ、愁哉は珍しく狼狽えた。
「いえ……」
頭の中はまだ、先程の梔子でいっぱいだ。
咲いたばかりの梔子の花のように、無邪気で真っ白な顔だった。
汚れもなにも知らない、無垢でただただ綺麗なだけの。
群青色の風が吹いた。
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