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弾丸は愁哉の胸に突き刺さるーーはずだった。
ピストルは不発だった。
男は怪訝そうに手元を見下ろし、何度も引き金を引く。
愁哉は床に投げ捨てた拳銃を拾い上げ、構えた。
炸裂音、そして静寂。
間もなく広がった鉄臭い匂い。
床に倒れた男は、虚空を見据えたまま事切れていた。
「……」
ため息をひとつ。
どうやらまた生かされたようだ。
と。
窓の外から微かに物音がした。
愁哉は銃口を向ける。
舞い込んできた桜の花びらが、漏れ続けている鮮血の上に、そっと落ちた。
現れた女は、夜そのものを纏っていた。
悠然と靡く、黒くて長い髪。
月よりも白い肌。
熟れたような赤い唇。
藍とも紺ともつかぬ、不思議な色の瞳。
美しい、この世の人とは思えぬほど美しい女。
死神だ。
愁哉は何故かそう思った。
女は床に転がった死体を一瞥し、愁哉を見上げた。
「ご無事ですか?園部上等兵殿」
ともすれば割れてしまいそうな、繊細な声で問われる。
「どなたでしょうか」
「これは失礼致しました」
女は優雅に微笑み、ドレスの裾を両手で持ち上げた。
「私は西院梔子。国分寺中尉の依頼で、貴方を助けに参りました」
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