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「中尉から事前に話がいってましたか?」
「そんなところです」
嘘だろう。
そして梔子自身、嘘をついたことを隠す気はないらしい。
愁哉はコーヒーカップに口をつけ、ふ、と息を吐いた。
湯気がくゆり、霧散していく。
「魔獣といっていますが、あれは人間ですよ」
「あら。正体をご存知ですのね」
「はい」
第5師団には夜な夜な魔獣が現れ、若い兵士を喰らっている。
そんな噂がまことしやかに囁かれるようになり、早2ヶ月程。
ただの魔獣ならば、早々に魔術師に依頼すれば良かったのだ。
それが出来なかったのは、ただ。
「お偉方のご子息が関わっています。中尉はこれを公にせず、対処したいのです」
「そうですか」
梔子は澄ました顔で紅茶を味わい、うっとりと溜め息をついた。
「宜しゅうございます」
「人を殺せますか」
「ええ」
さも当然のことのように言った梔子は、爪紅で飾った指先を口元に当て、艶やかに微笑んだ。
「私は魔女ですから」
ーーなかなか良い面構えをした男だったな。
聞こえてきた声に、塀を登っていた梔子は足を止めた。
満月を過ぎてもまだ美しい月が、建物の向こうで煌々と輝いている。
午前1時半。
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