美しき死神

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ぴちょん。ぴちょん。 水の滴る音がする。 月明かりに照らされ、埃が銀色に輝いている。 割れた窓ガラスを修復するように、大きな蜘蛛の巣が絡まっていた。 人が住まなくなって久しい旧宿舎は、今こうしている間にも、少しずつ朽ちているようだった。 時折足元で鼠の鳴く声がする。 角を曲がった途端、肩になにかが勢いよくぶつかってきた。 大きく育った蝙蝠だった。 梔子はむっとし、肩を払う。 悲鳴を上げるほどささやかな神経はしていないが、年頃の乙女としては思うところもあるのだ。 ーー近いぞ、梔子。 影の悪魔が囁く。 ーー臭うぞ。獣の臭いだ。 梔子は廊下の先を巣食う闇に、じっと目を凝らした。 ぴ、ちょん。 水の滴る音。 それきり、耳が痛くなるような静寂に閉ざされる。 生温かい風が、耳に、首筋に、触れる。 と。 「女だ」 低い声がして、後ろに引き倒された。 咄嗟のことで梔子は動けなかった。 後頭部を強かに打ち、痛みに息が詰まる。 その隙に馬乗りになってきた男こそ、愁哉の言っていた「お偉方のご子息」だろう。 こんな時に。 生理的に溢れ出た涙で視界がぼやける。
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