第18話

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第18話

「そうですよ、もっと褒めて下さい。ところで銃って言えば貴方もピストル射撃なら僕と五分を張るか上をいくくらいだし、オリンピックを目指したりしなかったんですか?」 「私が警察官でキャリアを目指したのは現場のノンキャリア組を背負いたかったからだ。地面を這いずるように捜査に邁進し、なお誇りを失わない現場捜査官をな」 「それは前にも聞きましたし、特別任務に就いて秘密を積み重ねている事実もあるけど、可能性として僕のせいで貴方は警視から一生、昇任できないかも知れない。懲戒食らって沢山のノンキャリア組を背負いたいっていう望みも絶たれてしまったかも知れません」 「京哉、それ以上言うな。私は階級目当てではないと言いたかっただけだ。私には機捜の皆がいる。捜査に対する思いを同じくしてくれる部下が数十名もな。喩え部下がたった一人でも同じことだ。法の番人たる思いを同じくする者を背負えるなら、私はそれでいい」 「……忍さん」  見つめる優しいまなざしを意識しながら、霧島は不敵な笑みを浮かべる。 「それに私はまだ諦めていないからな。そもそも特別任務でこれだけこき使われるということは、サッチョウ上層部も私の存在を無視できないということでもある。事実として狭いキャリアの世界では私の懲戒は、なかったものの如く扱われている」 「国家機密に関わるような極秘任務を任されているんだから、そうかも知れません。ただ『いつ死んでも構わない汚れ仕事』を任されているんじゃなければ、ですが」 「だが実際キャリアの中で警視正昇任一選抜として私の名がトップに上がっている」 「そうなんですか? すごい! あ、でも警視正に昇任したら異動ですよね……」 「急に凹むな。何のために我々がこうして特別任務なんぞ引き受けていると思っている。コネは使い時だぞ。私が何処に異動しようがお前は連れて行くから心配するな」 「貴方は国家公務員で僕は地方公務員なんですけどね」 「だからそのための特別任務だろう?」  転んでもただで起きないのは霧島カンパニー会長である御前の血なのかと京哉は思う。あれだけ嫌っていても父子、やはりどこかしら似ていると思えるのだ。 「それで貴方は回避できた筈の懲戒まで暗殺肯定派一斉検挙の企みに組み込んだと」 「いいだろう、優秀すぎて偉くなり現場に出られなくなるのもつまらん。だからたまには懲戒でも食らって輝かしい経歴に多少の瑕をつけておくのも……京哉、あれを見ろ!」   鋭く言って目顔で指したファストフード店の軒下には、タクシーから降りてきたスーツの人影が三つあった。完全に顔かたちまでが見分けられる訳ではないが、動きは滑らかで関節が若いことを示している。そしてその三人は周囲が引くほどの奇声で笑っていた。  まさか本当に呵々大笑しているとは思いも寄らず、呆気にとられるくらいだった。 「どうします、出ますか?」 「そうだな。どうせ中央六分署には知られている。出よう」  立ち上がり手を空けるためレインコートを着て店を出た。外は幸い朝のラッシュのような人通りはない。二人は誰をも警戒させぬよう動きを最小限に留める。霧島の目に頷き、京哉が煙草を咥えて火を点けた。カフェの入り口にある灰皿目的で立ち止まったふりだ。 「京哉、ビルを零時とする。十時方向、雑貨屋の陰だ」 「レイフ=ギャラガーですね。それと対象のスーツ、三人が二人になっています」 「分かっている。だが一件で三人を使い潰しとは本ボシも荒い仕事になってきたな」 「どれだけジャンキーの手下がいるんでしょうね?」 「使い潰しの鉄砲玉なら幾らでも作れる。その辺で拾ってクスリで一発だ」 「そっか。ベルトリーノ理化学工業の支社長は()られますかね?」 「さあな、分からん。六分署はビル内にもSPを配置している筈だ。ベルトリーノも自社で対策は立てているだろう。それで殺られるなら私たちにも止められん」  割り切ったようにあっさり言い放ちながらも、手も足も出なかった霧島カンパニー支社長襲撃を思って霧島は再燃した悔しさをシャープなラインを描く頬に浮かばせた。その間も笑うスーツ男たちだけでなく地元の同輩たちの動向にも気を配る。  目は離せない。ベルトリーノで異変があれば連絡が入り、残り二人のスーツ男を確保に走るだろうからだ。  笑うスーツ男たちが到着してから十分近くが経過する。チェーンスモークしていた京哉を霧島は促して、目立たぬようゆっくりと通りを渡り始めた。いつでも銃を抜けるよう、手は自然とレインコートの胸元のスナップボタンを外す。  雨がポツリとアスファルトの地面に落ちた。瞬く間に雫が増えて辺り全てを鈍色に変える。笑うスーツ男二名がビルの入り口、ロビー側に移動。合わせて視界の隅でジーン=ブラッドレー警部補とそのバディらしき私服が歩き出す。  レイフは粘り強く動かない。  スーツ男二人が……いや、三人だ。一人がロビーの中から現れた。更なる奇声を混じらせた大声で笑っている。あとの二名もつられたように笑い、何度も飛び跳ねた。耳障りな不協和音に何事かと人々が振り返る中、霧島と京哉は弾かれたように駆け出す。ビル内から出てきた笑うスーツ男が抜き身の銃を手にしていたからだ。 「完全に決まっているぞ、乱射されたら拙い!」 「それに残り二人もベルトに銃を挟んでます!」  スーツ三人が足早にファストフード店側に歩き出した。その間も三人はさも可笑しそうに笑い、時折飛び跳ねている。ブラッドレー警部補とバディが走る。レイフが雑貨屋の陰から飛び出しグロックを構えた。ブラッドレー警部補が応援として裏手から呼んだのであろう私服刑事二人がスーツ男たちの進路を塞ぐように立ちはだかった。  それを認めるなりスーツ男たちがファストフード店の真ん前で一斉に銃を抜いて発砲。一見して粗悪な密造拳銃から撃ち出された弾丸が立ち塞がる私服二人の肩と腕に着弾する。私服刑事二人は吹っ飛んで仰向けに倒れた。  それだけではない、ファストフード店から出てきた男女五名の客のうち、一人が血飛沫を上げて倒れ伏す。駆け寄ったブラッドレー警部補とそのバディにも銃が向けられた。  状況を見取ること一秒足らず、霧島と京哉は銃を抜く。スーツ男らは全員ファストフード店から吐き出された客に囲まれた形で民間人とその傘の盾だ。手加減なしならともかくここでも撃てない。霧島と京哉は殺すために張り込んでいた訳ではない、死なせては意味がないのだ。何とかジャスティスショットを狙う。 「伏せろ、皆、伏せろっ!」  英語で霧島が叫んだとき、スーツ二人が笑いながらアスファルト上で藻掻く私服刑事二名に再び銃を向けた。残るスーツ一人が意外なまでの素早さでブラッドレー警部補とバディの背後に回り込む。同時にその手にした銃が火を噴いた。ブラッドレー警部補のバディが背を強打されたように前のめりに倒れる。  ブラッドレー警部補がとどめを刺されないうちに霧島はトリガを引く。スーツ男の右肩に着弾し、笑っていた男が不思議そうな顔で己の肩から噴き出す血を眺める。  その霧島の発砲音で我に返ったように、ファストフード店の客は殆どが店内に逃げ込んでいた。残るは棒立ちになった男女四人。  スーツ男二人は彼らを掠めるようにして一番近い敵のブラッドレー警部補に銃を乱射した。ブラッドレー警部補を護るようにその射線上にレイフ=ギャラガーが走り込む。  甲高い悲鳴が湧く。四人の男女が見えない巨大な手で頭を叩かれたようにしゃがんだ。その隙を逃さず霧島と京哉のシグ・ザウエル、レイフのグロックの撃発音が同時に響く。  霧島と京哉は一発に聞こえるほどの速射でスーツ二人の左右の肩にダブルタップをそれぞれ叩き込んでいた。だがレイフは容赦なく男らにヘッドショットを食らわせている。  更には霧島に肩を撃たれ笑うのも忘れて突っ立っていたスーツ男までレイフは絶命させていた。結局スーツ男三名は三名ともレイフにヘッドショットで()られたのだった。  だが今はブラッドレー警部補を含む、被弾した地元警察署氏である。 「ブラッドレー警部補!」  霧島の呼び掛けにブラッドレー警部補は応えない。レイフ=ギャラガーが尻餅をついたブラッドレー警部補の様子を看た。気を失っているようである。 「脇腹と腕に一発ずつだ」 「レイフ、あんたもやられたな」  長身の男は左腕から血を流し、ネイビーのジャンパーを黒く染めていた。
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