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第24話
階段に辿り着いてみると、先程は気付かなかった小さなドアが突き当たりにくっついていた。階段下の倉庫のようなドアである。
果たして霧島がノブを回してみると簡単にドアは開いた。見咎められないうちに三人は小さなドアの内部に潜り込む。
中は意外と広い空間でどう見ても階段の踊り場になっていた。
「ここから下は危ないものが待っていると見て間違いないだろうな」
「階段にも監視くらいは就いていそうだが、あんたらは大丈夫か?」
「僕は大丈夫じゃないんで、頭数に入れないで下さい」
「京哉はともかくサツカンと元サツカンがいるんだ。何とかなるだろう」
「薬を飲んでから二十五分経過。急がないと」
「全員プラセボだったんじゃないか?」
そっと足音を忍ばせて三人は階段を下りた。霧島、レイフ、京哉の順で下りきると、そこにはロッカーが幾つかと積み上げられた樹脂材の箱にドアがひとつあった。
今度のドアは自動ドアだった。開くかどうか試すにもタイミングが難しいと京哉は思ったが、そのときには既に霧島が無造作にセンサ感知しドアはぽっかりと開いている。
中に人影が二。霧島とレイフが音もなく擦り寄って人影の口を塞ぎ、みぞおちにこぶしを叩き込む。倒れかかったのを抱き留めてゆっくりと床に横たえた。
頽れた男たちは施設警備員らしかった。グレイの制服を身に着けている。それだけではなかった。霧島が男たちのベルトをつま先で示す。
「民間警備の割に物騒な腰道具を持っているな」
それはヒップホルスタだった。収まっているのはリボルバでコルト・ディテクティブスペシャルという三十八口径SP弾を六発発射可能な銃である。
「置いておく訳にはいかん。そちらに持っていこう」
開いたままの自動ドアから霧島とレイフが警備員たちを引きずり出し、ロッカーと積まれた箱で陰になっている隙間に二人まとめて押し込んだ。ロッカーの中からダクトテープを見つけ出し後ろ手に縛り上げる。叫ばれないよう口にテープを貼るのも忘れない。
「さてと。京哉、次はどちらだ?」
「このロッカーにも掃除当番表が簡易図と一緒に貼ってあります。検査室だの測定室だの色々あるけど、名前のない記号だけの区画があって結構スペースが取られていますね」
「それは見ものかも知れんな。何処だ?」
「ほら、ここです」
A4用紙にコピーされた簡易図の、AからHまでの記号がつけられた部屋を見る。全体としては広いが八つに区切られていて、それぞれの部屋はごく狭い。
「なあんか嫌な感じじゃないですか。やっぱりここは薬品会社だし、実験用の大型動物でも飼っているんじゃないでしょうか? だって閉じ込めてる雰囲気ですよ?」
「だがこの図の通りだとバス・トイレ付きの居室のように見えるぞ。閉じ込めているにしても四つずつの部屋の真ん中に廊下だ。レイフ、何かに雰囲気が似ている。分かるか?」
訊いた霧島にレイフは考え、すぐに頷く。
「廊下から一望に監視できる……拘置所だ」
「実物を拝みに行くとしよう」
セキュリティを破った以上、急がなければならなかった。三人は白衣の裾を翻し、早足で廊下の先を目指す。レイフが拘置所などと言ったせいか、ここも煌々と明るいのには変わりがない筈なのに京哉は何処か禍々しいものを感じていた。
足音を忍ばせ三人は簡易図の記号の部屋に急ぐ。辺りは油を満たした瓶の中の如く静かだった。幸い誰とも行き会わずに目的のフロアに辿り着く。入り口は自動ドアだった。
まずは霧島がセンサ感知し、開いたドアの中の様子を窺った。監視人はいないようだ。三人とも室内に入ってみる。背後でドアが閉まった。
そこで霧島は想像通りの光景を見る。中央に一本通路があり、両側に四つずつ部屋があった。八つの部屋はそれぞれ壁で仕切られている。そして通路に面しているのは鉄格子だった。それも格子の鉄棒は間隔が狭く異様に太い。猛獣でも飼っているかのようである。
「動物じゃない、誰かが閉じ込められてる……?」
気配を感じて京哉も声を潜めていた。間違いなく人がいる、それも複数だ。
「しかし厳重だな。ここまでするとは余程の企業秘密ということか」
通路を歩きながら左右を見回す。鉄格子に取り付けられた、これも分厚い鋼鉄製のドアの下部に開閉口があった。拘置所そのものであるこれは食事の出し入れ口だ。
最初の左右の部屋に住人はいなかった。だが次の右側には人影がある。青年だ。三人がドアに近づくも、その青年は目も動かさない。霧島がドアを軽くノックして声を掛けた。
「おい、聞こえるか。おい!」
聞こえているであろうに反応はない。何処か焦点の定まっていない、異世界を見つめているようで、有り体にいえば正気を失っている者独特の雰囲気があった。
青年との対話は諦めて他の部屋を覗く。ベッドがちゃんとあるのに床に寝そべって手足を揺らしている男がいた。汚れて割れた大量のプラスチックの食器に埋もれている少女もいる。相手もいないのに小声でずっと何者かに話しかけている少年も――。
そして一番奥のHと記号のついた部屋では女がぺたりと床に座っていた。
桁違いに長い栗色の髪が床に流れている。
周りにはスプーンやフォークなどの銀器が散らばっていた。それらのことごとくが異様な曲がり方をしている。女性、いや、通常の人間の力では考えられない、結び目を作っているものまであった。
またも三人で顔を見合わせる。どういうことなのか全く読めない。
だが三人の気配に女が気付いて振り向いた。
「そこにいるのは、誰?」
どうやらやっと話せる人物に巡り会えたらしい。三人は近づく。霧島が訊いた。
「あんたは何故こんな所にいるんだ、超能力でも持っているのか?」
訊かれて女は薄く微笑みを浮かべる。
「まさか。でも似たようなものかも知れないわね。わたしはD・Nの実験台の成れの果て。コンスタントにD・Nの力を発揮できない中途半端な失敗作なの。だからこのラボを逃げだそうとして捕まってしまったのよ。もうずっと前、何年も前に」
「D・Nとは何のことだ?」
「ドレッドノート、『恐れ知らず』の略よ。そして薬の名前でもあるわ」
「このラボはいったい何をしている?」
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