第26話

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第26話

 霧島とレイフが自動ドアを抜けた時には、敵の後続が廊下の向こうから駆け付けてきていた。二桁近くいる。問答無用でレイフがグロックのトリガを引いた。容赦なく二人にハートショットを浴びせる。霧島と京哉も銃弾を背後にぶち込みながら階段へと走った。  弾の温存で交互に撃ちながら三人は廊下を曲がる。敵影なし。一気に階段まで辿り着く。しかし階段からもセキュリティ要員の一団が下りてきた。撃たせる前に撃つ。 「仕方ない、そちらのエレベーターだ、京哉!」  右側の階段をレイフ、廊下の向こうを霧島が連射で食い止める。その間に京哉がエレベーターまで走った。幸いエレベーターの一基がこの階で停止していた。  京哉がボタンを押して駆け込む。内側のボタンを押しながら左右に向かって撃った。霧島とレイフが転がり込む。閉ボタンを押して京哉は霧島を窺った。 「屋上でいいですよね?」 「ヘリしかないだろうな」  こんな場合にエレベーターを使うのはセオリー違反、開いた途端に撃たれる恐れがあった。だがとっくにラボ内は緊急配備で出入りは厳重にチェックされている筈だ。脱出路は空路以外ないと思われる。  京哉がマガジンを満タンのものとチェンジするのを見ながら、霧島も早めのマグチェンジをした。そして大きく肩で息をつく。  続けて何度も深呼吸する霧島の異変に京哉が気付いた。 「忍さん、顔色が悪いですよ。どうかしましたか?」 「いや、大丈夫だ、問題ない」  否定しつつも膝が萎え壁に凭れてしまう。瞬きするたびに目の裏で幻惑斑がちらついた。それが目を開いても消えなくなる。眠い、寝てしまいたい……眩暈が襲う。 「もしかして薬、V‐501じゃないですか?」  激しく動いたためか、それとも体格が良く薬が回るのが遅かったのが徒になったのか、遅れて薬が効き出したらしい。べっとりと汗をかいた手でシグ・ザウエルP226を握り直した。不幸中の幸いで京哉とレイフはプラセボだったらしい。  その間にエレベーターが奇跡的にも途中で止まらずに屋上に着く。  自動ドアが開き切る前に京哉が隙間から連射。屋上で待ち構えていたセキュリティ要員二名を二射で吹き飛ばす。三人は背を預け合った全方位警戒でエレベーターから出た。他のエレベーター前に張っていたセキュリティ要員の肩に霧島は一射を放つ。  だがそこまでだった。  数歩踏み出した途端に霧島の躰がグラリと傾ぐ。強烈な回転性の眩暈で立っていられない。京哉も撃ちながら慌てて霧島を片手で支えた。支えきれない。霧島は膝を折る。膝を折りながらも霧島は撃った。 「京哉、ヘリの始動だ!」  こんな状態の霧島と離れたくはなかったが、ためらっているヒマはない。後ろ髪を引かれながらも京哉は駆け出す。レイフと霧島に援護され自身も撃ちながらヘリの一機に走り寄った。キィロックはされていない。  パイロット席に乗り込んでターボシャフトエンジンを始動。四枚のローターブレードが回り出す。回転数が充分になるまであと僅か。  前方の敵にこれも九ミリパラを連射で見舞いながら、レイフは背後の敵を撃つ霧島がどうやら狙いをつけられなくなったらしいことを知る。銃弾がレイフの服を掠めた。複数の敵の気配が近づく。  自分の側の敵を叩き伏せておいて振り向いたレイフは霧島側の敵も撃つ。膝をついた霧島の腕を掴んでレイフは叫んだ。 「しっかりしろ、霧島! ヘリに乗るぞ!」  その声を夢の中のものの如く霧島は遠くで聞く。京哉の声もする。レイフに引きずられたが左腕を角材でぶん殴られたかのような衝撃。更に撃たれた。レイフにも当たったらしく、着弾のショックで霧島を離す。そのレイフに向かって声を絞り出した。 「レイフ……京哉を、あいつを……頼む」  その声がレイフに届いたのかどうか分からぬうちに霧島は再び膝をついていた。  殺到した四人の警備員に取り囲まれ頭にリボルバを突き付けられる。熱い銃口を黒髪にねじ込まれたが構わず撃った。腕が上がらず足元に九ミリパラをぶちまける。  派手に連射し……取り上げられずとも保持できずシグ・ザウエルP226を地に落とした。  全てを見て京哉は霧島の許に走ろうとした。絶対に置いてゆけない霧島の許に。  間違いなく霧島は盾になろうと、一人で囮になろうとしているのだ。  その京哉をレイフが留める。片手で撃ちながら片腕で京哉を抱き留めていた。強引に引き戻す。火線は弱まっていたものの未だ銃弾の雨は止んでいない。 「嫌だ、忍さん……忍さんがっ!」 「鳴海! 三人揃って蜂の巣になりたいのか!?」  託されたのだ、離す訳にはいかなかった。互いに渾身の力で数秒揉み合った挙げ句に、やむを得ずレイフは京哉を担ぎ上げるとヘリのパイロット席に放り込む。自分も後部から飛び乗ると、ドアも閉めないまま京哉の左側頭部に熱いグロックの銃口を押し当てた。 「今は退くんだ、鳴海。イズン空港までヘリを持って行け」  逆らえば本気で撃つつもりだった。それを察知した京哉は真っ白な顔をしながら黙って小型ヘリをテイクオフさせる。倒れるのではないかとレイフが思うほど京哉の顔色は悪かったが、腕は確かで迷いなくヘリはイズン空港方面に向かっていた。  だがふいに機は安定を欠く。ぐらつく機の中で京哉が叫んだ。 「やっぱり戻る、忍さんを置いて行けない!」  片言英語での叫びだったが、何を言っているのかレイフには伝わったらしい。 「今、戻ってどうする。全員で殺されてやるのか?」 「それもいいかもね。僕は忍さんのいない世界に用はないから」 「ふざけるな、俺はご免だ。まだやるべきことがある」  再びグロックを京哉に突きつけるハメになる。これではイズン空港まで持たないと思い、ランディングポイントを変更してショッピング街のビル屋上にあるヘリポートに向かわせることにした。その間も宥めるように、ゆっくりとした英語で京哉を説得し続けた。 「必ず霧島は取り戻す。だから今は退くんだ。機を待て」 「機を待って、それで? 敵は某大国の軍でもあるんだよ?」  感情のこもらない声を出しながらも京哉は吐息を不規則に荒くする。 「鳴海、あんたも撃たれたのか」  いつ被弾したのか、スーツの左脇腹に血が滲んでいた。傷を押さえようともしない京哉の心は霧島だけに占められているようで痛みすら感じていないらしかった。  窓外ではまた黒っぽい雨が降り出していた。
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