第29話

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第29話

「何か、何か手はある筈だ。殺すつもりならあの場でとうにヘッドショットだ」 「そう……かな?」  見上げてくる血の気を失った顔色に唇だけが赤い。 「鳴海、あんたが信じなくてどうする」  さらりとした長めの黒髪を指で梳こうとして胸を軽く押される。すっと京哉が一歩退いた。そうしてみて初めてレイフは、自分も久々の人の感触が心地良かったのだと気付く。 「それはだめ。黙ってて下さいね、ああ見えて忍さんはすごいヤキモチ焼きだから」 「願ったり叶ったりだ。男を抱き締めたとあっては沽券に関わる」 「何その差別発言?」 「俺にそっちの趣味はない。それにあの世でエメリナに釈明するのに苦労する」 「はいはい、ごちそうさまです。でも僕だって元は異性愛者でしたよ?」 「ほう。なのにどうして霧島なんだ?」 「僕と忍さんはね、性別を超えて運命的に引き合ったんです」 「こっちこそ、ごちそうさんだ。どうせあんたが霧島に手を出されたんだろう?」 「えっ、何で分かるんですか?」 「見るからに霧島はあんたに参っているからだ。何処にいようが目を離さん。あんたは逆だな。信頼しきっているからこそ霧島を割と放っておく。ただどういう形であっても、それが崩れた時のあんたは怖い。例えばだが、俺は敵に回すならあんたより霧島の方がマシだな」  言われて考え込む京哉を前に、レイフは冷蔵庫から両手にビールを出してきた。京哉に一本渡してパイプ椅子に座り、プルトップを引いて軽く缶を掲げて見せる。 「リラックスして頭を切り換えないと浮かぶ策も浮かばない。付き合えるだろう?」 「遠慮なく頂きます」  椅子に腰掛けた二人はサンドウィッチを肴に飲み始める。ビール一本で躰の芯から凍えた京哉は、レイフがウィスキーを注いだカットグラスにも手を伸ばした。 「これだけは言えるよ。某大国の軍は普通の人間がまともにぶつかって勝てる相手じゃない。敵性判定されたら人間とも思っていないやり方で潰されて、なかったことにされる」 「なら、まともにぶつからず卑怯な手を考えるまでだ。それに俺たちは某大国軍など相手にしない。霧島が捕まったのはフランセル、だからフランセルを叩くだけだ」 「確かにそうだけど、某大国の軍が出張ってくる前にケリをつけなきゃならない。それでフランセルを叩くための卑怯な手って、何?」 「それを今、考えている。メディアにタレ込むのはどうだ?」 「証拠も無しに某大国を敵に回すの? コーディでもいれば別だけど、コーディを連れ出すくらいなら忍さんを連れ出す方が簡単だよ。この携帯で位置は大体分かるし」  言いつつ京哉は携帯アプリであるGPS対応トレーサーシステムを起動した。霧島の携帯の在処が緑色のブリップで表示される。勿論霧島が携帯を取り上げられている可能性もあったが、敵もわざわざ遠方まで捨てに行く手間は掛けないだろう。  現に今だって霧島の携帯はフランセル総合医薬品工業のラボ内にあった。  けれど当の霧島は生死も不明である。丁重な扱いを受けているとは思えない。  ノープランのまま時間が無為に過ぎていくのが京哉はつらかった。ずっと緑の輝点を見つめ続けることしかできないのだ。それは決して生の証ではなく、ただの携帯の在処でしかない。霧島が何発か食らっていたのは知っている。でもそのあとは何も分からない。  あんな状況で霧島を生かしておく理由、存在価値をフランセルが果たして見出したのか。  そうでなければ少々派手なやり口の産業スパイ扱いでしかない。  霧島に生かしておく価値を見出したのならフランセルは丁重なもてなしなどせず、持っている価値を引き出すべく相応の扱いをするだろう。だがそれも生きていたなら、だ。  どう考えても良い方向に思いが傾く訳などなくて、霧島が傍にいないのがこんなに寒いとは思っても見なくて、それでも京哉はできることを考えなければならない。  あまりにつらくなってレイフからグラスを奪ってグイッと干すと、携帯の表示を変えた。ここ暫く閲覧したネットのページを次々に繰ってゆく。  グリーンディフェンダーやフランセル総合医薬品工業のホームページに某大国の議員についての資料、結局十四件連続となった企業トップ及び役員殺傷事件のニュース報道に、グラチェフコーポレーションの企業概要……。 「それ、もっと詳しく出せないか?」 「ん、何、急に?」 「グラチェフコーポレーションだ。今のところ、俺たちの存在を脅威に思っていないそこに、弱みがあるかも知れない。卑怯な手ではある上に、警戒させてしまったフランセルのセキュリティに通用するかどうかまでは分からないが――」
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