第32話

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第32話

 まずは入り口の自動ドアをアキーム=グラチェフに開けさせた。中に踏み入ると、昨日のエントランスと似たような造りでここにも受付嬢がいた。ロビーが左側、丁度昨日の真裏から入った状態だ。  微笑みをこわばらせる受付嬢に殺気立つセキュリティ要員が四名。呼吸を合わせ、背中合わせに立った京哉とレイフはもう銃を隠したりはしない。全方位警戒で交互にアキーム=グラチェフの側頭部に銃口を突き付けながら階段へと移動する。  廊下を僅かに歩いて階段に辿り着いた。ここからが危ない。背後の敵が高台の好位置になるからだ。京哉はレイフと交互に後ろを振り返りながら、ゆっくりと階段を下りた。  それでも地下二階に辿り着く前に警備員の一人がリボルバで威嚇発砲する。途端にキレたようにアキーム=グラチェフが喚いた。 「撃つな、撃たないでくれ! わたしはグラチェフ、アキーム=グラチェフだぞ!」  グラチェフはこのシンハでは名が通った会社だ。その科白が多少は効いたのか、それともここでは顔が売れているのか、増員した無言のセキュリティ要員たちを引き連れて地下二階までの階段を下りきる。倉庫のような小さなドアの前で一呼吸置いた。 「随分なご一行様になっちゃったね」 「想定済みだ。霧島を連れ出すことと、下からのセキュリティ要員にだけ注意しろ」  レイフがアキーム=グラチェフにグロックを突き付けたままノブを握り、スリーカウントで引いた。中にセキュリティ要員が三名。撃たせる前に京哉が一発に聞こえるほどのトリプルショットを腹にぶち込む。  それらを蹴り込んだレイフがアキームと共に中に入る。しんがりの京哉も滑り込んでドアを閉めた。幸い内鍵があったので数秒でも稼げるかと京哉が掛ける。背後の攻撃がない今のうちだ、前方に注意してアキームを転がすように階段を駆け下りる。  だが踊り場から発砲音がし、アキームが右腕に被弾。レイフ、グロックを発射。手加減できずにヘッドショット。セキュリティ要員二人が棒切れのように倒れる。  怯えと痛みに啜り泣くアキームを連れ、京哉とレイフは地下三階入り口の自動ドアの前に立った。まさか昨日逃げた侵入者が戻ってくるとは思わなかったのだろう、ロックなどされておらず、センサ感知するだけであっさりと開く。 「こっちだ!」  京哉が走り出したのは昨日、コーディがいた檻の方向だ。京哉のあとをレイフがアキームを引きずるようにしながら追う。檻の区画を通り過ぎて、更に京哉は進んだ。  前方の自動ドアが開き、陰から銃弾が飛来する。京哉とレイフは同時に発砲。数射で火線は止んだ。そこから京哉はレイフとともにアキーム=グラチェフを挟んで歩き出す。その歩調が徐々に鈍って、やがて一枚の自動ドアの前で止まった。 「ここなのか?」  無言で京哉は頷いたがセンサ感知する勇気が湧かない。もし中にいる霧島が冷たくなっていたら、京哉は自分が正気を保っていられる自信がなかった。入るのをためらう京哉に代わってレイフがセンサ感知する。自動ドアが開いた。  アキームを連れたレイフに続き、京哉も診察室らしき部屋に足を踏み入れる。そこには白衣を着た中年の医者らしき男と――。 「忍さん……忍さんっ!!」  ベッドに身を投げ出している霧島に京哉は取り縋った。左手は爪が全て剥がされて血塗れ、全体が紫色に染まって腫れ上がっている。なのにその手は異常に冷たい。  恐る恐る右手首の脈を探った。  ……微かな、ほんの微かな生の証しが触れる。  あまりのことにショックを受けてぼんやりと見回すと、白衣の中年医師が就いたデスクには霧島の携帯とシグ・ザウエルP226にスペアマガジン二本のパウチが載っていた。 「驚いたよ。V‐501を七千ミリも静注して生きている人間が――」  皆まで言わせず京哉は霧島のシグを掴むなり発射。その頭を吹き飛ばしていた。  レイフがアキームを京哉に押しやり、自分は霧島を肩に担ぎ上げる。 「脱出するぞ!」 「ラジャー!」
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