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第34話
壁に凭れ足を投げ出し座り込んだレイフに京哉は駆け寄る。その胸から溢れ出る血を、銃を持っていない方の手で押さえて止めようとした。
「何で僕を……レイフ、貴方はまだやることがあるんじゃないのか?」
「誰も、誰にも……俺みたいな、思いは、させない。エメリナと、約束した――」
「そっか。これくらい、病院に行けばすぐ治るから。大丈夫だ、問題ないよ」
「ああ……そうだな、エメリナが……呼んでる、気がする……声が聞こえる」
「レイフ、レイフ! 日本に青い空を見にくるんだよね?」
「そう、だな……けど鳴海、あんたもまた――」
いつの間にか弾が右肩を掠め、京哉もスーツに血を滲ませていた。神経を張り詰めているからか痛みは感じない。だがその間にも更に廊下の方から複数の人の気配が近づいてくるのを京哉は察知した。立ち上がるとシグを両手で保持し直す。
そのときだった、ヘッドショットを食らわせた筈の男が笑いながら跳ね起きたのは。あり得ない速さで駆け寄ってくる男の右手を、京哉はちぎれるまで撃った。
だが一瞬早く突き出された銃口はレイフの頭に押しつけられていた。
茶色い瞳が安逸を得たように思えたのは、京哉の気のせいだろうか。
そして四十五ACP弾がレイフの薄い色の金髪に撃ち込まれた直後、撃った軍服男は背後の檻の壁にその身を潰して貼り付けていた。
目を上げると檻のドアから出たコーディが立っていた。コーディが男の左腕を取って振り回し、リミッタの外れた力で男を壁に叩きつけたのだった。
「間に合わなかった……ごめんなさい、わたし、ごめんなさい!」
「コーディ、貴女のせいじゃないよ。だから泣かないで。前を見て」
本当に前を向いていて欲しかった、戦力になるのなら。廊下の方から大勢の足音が聞こえている。現れた人影を撃とうとして京哉は、寸前でトリガに掛けた指の力を抜いた。
「シンハ陸軍第一歩兵師団だ! 武器を捨てろ!」
銃をゆっくりと床に置いた京哉は一ノ瀬本部長が奏上し日本政府経由でシンハ政府が差し回したのだろう兵士たちに身体検査をされながら辺りを見回した。大きく溜息をつく。
ヘッドショットをレイフから食らった某大国の女、コーディから文字通りミンチにされた某大国の男、胸を血塗れにして茶色い目を見開いたレイフ。
以前の任務で持たされたままの『国連調査団・先遣隊員』の身分証を見せて手っ取り早く自由を得ると京哉はまず自分の銃を拾ってショルダーホルスタに収める。
次に跪いてレイフの光を失くした瞳を見つめた。
そっとまぶたを閉じさせる。
「バイバイ、バディ」
その手が握ったシグを取り上げて腰のベルト、背中側に再び挿した。
そして本来のバディである霧島の許に走る。バイタルサインを看た。変わらず脈が微かしか触れない。呼吸も不規則で途切れがちだ。でも、ちゃんと生きている。
「メディーック!」
国連調査団・先遣隊員の要求は速やかに伝達されて、衛生兵が担架を伴い駆け込んできた。担架に乗せられた霧島に付き添ってエレベーターで一階に上がると、そこにも兵士がうようよしていた。そしてその中に見覚えのある制服を発見する。
それは日本の陸上自衛隊の制服だった。着用している人物も見知った男である。
「どうやら間に合ったようだね。きみたちが無事で良かった」
懐かしの日本語でそう言ったのは堂本一佐だ。副官の江崎二尉もいる。
「もしかして某大国の軍を通してシンハ軍を動かしたのは堂本一佐ですか?」
「そういうことだ。この一件は某大国にとっても寝耳に水だったのだよ。軍の一部が暴走して人体実験及び人間兵器製造を目論んだのだ。大統領も遺憾に思われている」
「そうですか。ですが一介の製薬会社にセロルトキシン及びD・Nなるものを製造し人体実験させるだけの資金が流れ込んでいたことに関してどう説明されますか?」
「それも一部の議員が企業とつるんで暴走したらしい」
「なるほど。それではコーディたちが生まれる前からD・Nの研究が進められていたことについても某大国の大統領は暢気にも気付かれなかったという訳ですね?」
じっと京哉を見つめて堂本一佐は涼しい顔で切り返した。
「四年に一度、ごく穏便に交代がなされる政治屋には伝えられないこともあるのだよ」
「それでも某大国の軍と仲のいい自衛隊にはある程度のことは伝えられていた。だからこそ警察が知り得なかったセロルトキシンの存在も勘付いていた。それをくっきりと炙り出すために僕らを囮として利用した……違いますか?」
そう斬り込むだけ斬り込んでおいて京哉は霧島を乗せた担架に付き添い、堂本一佐の前から辞した。某大国が何も知らなかったなどとは笑止だった。このままフランセル総合医薬品工業をも押さえ込んで、D・Nに関する全てを某大国は手中に収めるつもりなのだろう。
そしてそこには自衛隊も一枚噛むことになるのだ。
無論D・N開発に流れ込む資金には与党重鎮の咲田由文も絡むという筋書きだ。
だがそんなことよりも京哉にとっての重大事は霧島だった。
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