夢と現実の狭間

　「暑い...。暑すぎる」
ある夏の日、蒸し風呂のような教室で俺は机に突っ伏しながら消えかけの声で呟いていた。
今日のような暑い日は、何に対してもやる気が起きない。現にクラスのみんなも半分以上は俺と同じ状況だ。
「早くクーラーの効いている自分の部屋に帰りたい」
俺はそのような事を考えながら、滝のように流れる汗をぬぐっていた。
その時、女子生徒同士の会話が耳に入ってきた。
A子「ねぇ。夢と現実の狭間って知ってる？友達から聞いたんだけど、夜中の12時に【連れてって】って3回声に出してから寝ると、夢の中に女の人が現れて夢と現実の狭間に連れていってくれるらしいよ」
B子「なにそれ。都市伝説？それでどうなるの？」
A子「夢と現実の狭間に連れていかれちゃうとね....なんだって」
特に盗み聞ぎしていたわけでもなかったが、会話の肝心なところが聞き取れなかったため、心がもやもやする。
かといってその場で「最後聞こえなかったんだけど、どうなるの？」と会話の入っていくことも出来るはずもなく、俺は何か心に霧がかかったかのような感覚に陥ってしまっていた。
結局その後も、その話の結末を聞くことは出来なかった。
「もういいや...忘れよう」俺は考えることをあきらめ、再び地獄のような暑さと戦うことにした。

　その日の夜、俺は友達とゲームをしていた。
「世の中は便利になったものだよなー。離れてても友達とオンラインで一緒にゲームができるもんな。」そんなことを考えつつ、パッと時計を見てみると時刻はもう11時45分であった。
「あー...もうこんな時間か。明日も学校だからもう寝るわー。お疲れ。」
俺は一緒にゲームをしていた友達にそう伝えてから、ゲームを終え、ベッドに滑り込んだ。
その時ふと昼の女子生徒の会話を思い出した。
「結局あの結末ってどうなるんだろうな...。試してみようかな。」
俺は少しわくわくしながら、時計の針が一番上で重なる時を待っていた。
そしてその時はやってきた。
「12時だ。よし。【連れてって】、【連れてって】、【連れてって】。」
俺は声に出して【連れてって】と3回呟いていた。
しかし何も起こらない。
怖い感じもなく、ましてや体が痛いわけでもない。
特に何も変化のないまま、ただ単に時計の秒針の音だけが部屋に響いていた。
「やっぱり。なにもないのかよ。ただの噂話だったんだな。」
俺はがっかりしながら目を閉じ、眠りについた。

　俺は突然目を覚ました。
周りを見てみるとそこは自分知らない部屋だった。
そこで俺は、今夢の中にいるんだとすぐに理解した。
これは夢だと認識しながら見る夢は何とも気持ちの悪いものである。
俺はしばらくその部屋の中央で立っていた。
何分経ったのだろうか...。時計も何もないこの部屋で、俺は何とも言えない不気味さを感じていた。
すると突然部屋の隅に人影が見えた。
髪の長い女の人だ。
女の顔は髪で隠れていたが、結構きれいな人だ。
俺がのんきにそんなことを考えていると
女の人が俺に手招きをしてきた。
俺は何も考えずに、導かれるようにしてその女の方に向かっていた。
そして手が触れるような距離まで近づいたときに女の人は俺にいった。
「よ..うこ...そ。夢と..現実の..狭間へ。もう...帰れない。」

　俺はバッと目を覚ました。
汗で服がびちゃびちゃになっていた。
池にでも飛び込んだかのようだった。
「何だったんだあの夢は。昨日の昼間に聞こえてきた会話と同じ内容だったじゃないか...。気味が悪いな」
そんなことを思いながら俺は時計を確認した。
時計の針は8時を指していた。
「やばい。遅刻だ。」
俺は急いで着替え、家を飛び出した。
朝礼ギリギリでクラスに飛びこんだ。
「セーフ！あ..おはよー。」
いつものように友達にあいさつする。
しかし返事がない。
「あれ？おーい！無視かよー」
俺はもう一度話しかけた。
しかしまた返事がない。それどころか目も合わしてくれない。
「みんなー。おはよう！」
今度はクラスメイト全員に聞こえるように大きな声であいさつしてみた。
しかし誰も返事をしてくれない。
「おかしい...。どういうことだ？」
俺はこの状況を飲み込めないでいた。
まるで俺が透明人間になってしまったみたいだ。
すると、昨日の女子生徒同士が話しているのが聞こえてきた。
A子「結局、昨日したの？」
B子「するわけないじゃん。怖いもん。」
A子「だよね！夢の中で手招きしている女の人に近づくと、夢と現実の狭間に連れていかれて、現実世界の人から認識されない空間で一生過ごすことになるからねー。神隠しみたいなもんだよ。まぁ女の人に近づかなければただの怖い夢で終わるみたいだけどね。」
俺はとっさにすべてを理解した。
俺が今いるのは、夢と現実の狭間。俺は一生ここから出ることが...。
その瞬間、俺は膝から崩れ落ちてしまった。
そして俺は不気味な気配を感じた。俺が顔を上げると、そこには夢で見た女の人がニヤリと笑みを浮かべて立っていた。
そして一言俺に言った。
「もう...にげられ..ない。夢と現実の狭間へようこそ。