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図書館は涼しいし、本がたくさんあるから好きだ。あのひとは教科書や参考書しか見せなかったから、本をたくさん読めるのは嬉しい。
「12時に入口ね」
マスクとメガネを身につけたくうちゃんがあたしに言う。あたしもマスクをつけて、頷いた。外に出る時は必ずマスクをつけて帽子を被るように、というのはかいちゃんの指示だ。あたしが警察に見つかると困るから。外に出ない方がいいんだろうけど、「こんなに暑い中ずっと部屋にいたら死んじゃう」とくうちゃんがかいちゃんに訴えたのだ。
とはいえ、クーラーがあって長居できるところなんて図書館ぐらいしかない。スーパーの休憩スペースに居座ることもあったけど、常連のお年寄りがいろいろ話しかけてくるから最近は行くのをやめた。
くうちゃんは新聞のスペース、あたしは児童書のスペースに向かう。くうちゃんはいつも、新聞をたくさん読んでいる。あの事件がどこまでニュースになっているのか知るために。
くうちゃんが手に取った新聞には、『男性刺殺 カメラに怪しげな2人組』という見出しが踊っていた。あたしは慌てて目を逸らして、新聞のスペースに背を向ける。
童話のコーナーで、『ブレーメンの音楽隊』を手に取った。初めて図書館に来た時に、くうちゃんが教えてくれた本。
「うちと海斗も、この話に出てくる動物みたいに逃げ出してきたんだ」
昔海斗によく読み聞かせたなあ、うちらもこうやって逃げようなって。くうちゃんはそう言って懐かしそうに目を細めた。あたしが首を傾げると、くうちゃんはぱらぱらと本を捲りながら答えた。
「愛と同じだよ。うちらも叩かれたり蹴られたりしてたんだ」
クソみたいな親だった。金がないくせにパチンコに行って、酒ばっかり飲んでうちらのこと殴って。遠い目でくうちゃんは語る。 ぱたん、と本を閉じてあたしに手渡した。
「ブレーメンに行かなくても、動物は幸せになっただろ。あたしたちも、幸せになれるはずなんだ……」
誰かに言い聞かせるように呟く。それはあたしなのか、くうちゃんなのか、かいちゃんなのか、わからない。
その時のくうちゃんの顔を思い出しつつ、あたしは本のページを捲った。幸せになっていいよね、とあたしも呟きながら。
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