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「補習プリントは三澤と大塚。終わったら職員室に持ってくるように」  放課後、先週あったテストを受けていない私達は居残りを課された。私は病休を出していたのに、大事な範囲だからとプリントを渡され、三澤君は授業の理解が遅れているからと、私の倍のプリントを渡されている。  クラスメートは早々に出て行き、教室には私達ふたりだけ。それもこの広い空間に、隣同士で。  とにかく早く終わらせて教室から出てしまおう。通信の勉強講座を真面目に受けていたから難しいと思う問題はない。  私はプリントに集中して取り組み、小一時間ほどで仕上げた。見直したから間違いもないと思う。  よし、と頷いて席を立つ。流れで三澤君のプリントが目に入った。  え。全然進んでない。これ、今日中に終わるの?  三澤君は三澤君で必死らしく、私が見ていることに気がついていない。  気づけば「おい、答えを見せろよ」と言ってくるかもしれない。今のうちにそっと帰っちゃおう。  でも……。  机のフックにかけたリュックを取りながら思った。そのつもりがあれば、この一時間の間に私を脅して答えを見ただろうし、やる気がなければ進まないプリントに必死に取り組まないだろう。  おそるおそる三澤君の横顔をちゃんと見ると、やっぱり必死の形相で、小さく唸っている。 「これは……こうか?」  違う。違うよ、三澤君。そこは目的語に人称代名詞だから「~を」だよ。それ中学生の範囲だよ? あ、間接疑問の問題も間違えてる。待って待って。違うってば! 「そこはheじゃなくてhimだよ!」 「え?」  しまった。つい口に出してしまった。傾けた私の顔と、上を見上げた三澤君の顔が向かい合う。  余計な口を出すなと凄まれるかもと思って、身構えた次の瞬間だった。 「ありがとな!」  夜明けの暗がりを照らす、朝日みたいな笑顔だった。  だから私、つい片づけた椅子をもう一度引いて三澤君の近くに寄せ、つい最後まで課題に付き合ってしまった。  彼の笑顔は、初めて手術をした翌日の早朝に目に映った、優しい光の太陽を思い起こさせたから。
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