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 おんぶと電車で三十分。到着したのは夜の遊園地だった。 「ドリームランド! ここ、小さい頃に何度も来たの。ドリームヒーローズって知ってる? 土日のショーはまだ続いてるのかなぁ」 「続いている、大人気」 「そうなのね! あのね、これ、このバンド!」  三澤君もドリームヒーローズを知っていることに興奮して、左手首に付けた赤いラバーバンドを見せる。 「これ、ドリームレッドにもらったの! ほら見て。「がんばれ!」って書いてあるでしょう? 最初の手術の前にショーを見に来て、お願いして書いて貰ったの。それからずっと付けてるの」 「ああ。それ、初代のドリームレッドのノベルティだ」  三澤君は目を細めて頷いた。 「よくわかるね。もしかして三澤君もドリームレッドが好きだったの?」 「俺、ここでバイトしててさ。実は、俺がドリームレッドをやってるんだ」 「えっ」  驚いて、目も口もまん丸になっていたかもしれない。だけど三澤君はもっと驚くことを言った。 「ちなみに、初代のドリームレッドは俺の親父で、そのバンドは俺の親父がレッドのときのノベルティ。大塚が隣の席に座った時に見えて、思わずガン見した」  そうか。三澤君は私を睨んでたんじゃなく、バンドを見てたんだ。 「こんな偶然があるなんて……お父さんはお元気? もう引退されたの?」  会えるのなら当時のお礼を言いたい。ドリームレッドのおかげで、辛い治療を頑張ってこれたんだもの。 「おととし死んだんだ。交通事故」 「えっ……」  思いも寄らない言葉に、それ以上声が出なくなった。 「車道に飛び出した子どもを助けてさ。親父は最期までヒーローだった」  三澤君は誇らしげに言って入場の手続きを済ませると、遊園地の奥に向かいながら自分のことを話してくれた。  ドリームレッドのバイトは高校生になってから始めて、派手なアクション練習のために生傷が耐えないこと。  赤い髪は、変身前の演技の時にウイッグでは動きにくいから染めているんだということ。 「俺な、レッドをやってる親父が凄く好きだった。だからどうしても俺が次のレッドになりたくて、園長さんやヒーローショー担当のスタントアクション会社の社長に頼み込んでやらせて貰ってるんだ。学校にはバイトも髪も許可貰ってるけど、皆からは不良だと引かれてるし、他校の生徒から絡まれたりするから、喧嘩になることもあるけどな」  三澤君はボクシングポーズを取り、冗談めかして笑う。  私は、長年の心の支えのヒーローであり、三澤君のお父さんである人の死を上手く受け止められなくて、曖昧な返事しかできなかった。 「ほら、あそこ。大塚が喜ぶかなと思って」  ぼんやりしながらうつむきがちに三澤君の後ろを歩いていると、声がかかった。  ふしのある長い指が指したのは、ヒーローショーのショー施設だ。土日や祝日以外は閉館しているそこに、三澤君はポケットから出した鍵を使って入り、私を手招きした。 「建て替えで新しくなってるけど、使ってる道具は初期のものもあるし、歴代のヒーロースーツの展示もしてる。これ、親父が着てたスーツ」  ガラスケースの前でふたり、並んでスーツを見た。幼い頃の思い出が蘇り、感激するのと同時に、私を勇気づけてくれたレッドがこの世にいないことが切なくなる。けれど、自分より少し大きいサイズのスーツを誇らしそうに見る三澤君がとても眩しく見えて、レッドを心から愛して後を引き継いだだろう彼のショーを、見てみたいと思った。
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