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「やあっ」
「……詠雪」
そこから何がどうなったのか。
気付けば私は、駅前のベンチに座っていた。
そして今、目の前には詠雪がいた。大きなリュックを背負って、まるでどこかに旅行に行くみたいな恰好だ。
いつもと変わらない、美少女というよりはハンサムといった笑顔がまぶしかった。
「あの人から、神田の家に連絡があってね。佐奈子がいなくなったって」
「……そう。それで、探しに来たの?」
「うん。神田の人達は誰も心当たりがなかったみたいだけど、アタシはピンと来てね」
「流石、親友」
「そう、アタシは佐奈子の親友だからね」
クサい台詞を吐きながら私の横に座り、肩に手を回してくる詠雪。
――温かい。まだ残暑の厳しい初秋の夜中だというのに、彼女の体温は暑苦しいどころか、心地よかった。
「その荷物。まさか、詠雪も家出しようってんじゃないでしょうね?」
「分かってるじゃない。流石、親友」
「……神田の家は、陸上をやりなさいって言ってくれてるんでしょ? 何が不満なのよ」
「多分、佐奈子と同じ理由だよ」
「……分かったような口を」
「うん、親友だからね。だから、佐奈子もアタシの事情、分かってるでしょ?」
私達の間に沈黙が落ちる。
――静かだった。
田舎の駅前のことで、夜ともなれば人の姿は殆どない。交番も駅の窓口も、既に無人だ。
けれども、上り電車はまだ何本か残っていた。
「さて。じゃあ、そろそろ行こうか」
「どこまで?」
「行ける所まで」
「……その後のことは、それから考えようって感じ?」
「流石は親友! アタシのこと、よく分かってるじゃない」
「腐れ縁だからね」
男子小学生みたいな笑顔で、詠雪と笑い合う。
私達はスマホの電源を落とすと、券売機で適当な切符を買った。
ICカードを使わないで電車に乗るのなんて、いつ以来だろうか?
――そのまま、ホームで数十分ほど待つと、ガラガラの上り電車がやって来た。
ふと、改札の方を振り返ってみるが、誰もいない。
最後の期待も、どうやら空振りに終わってしまったらしい。
「佐奈子、手を」
電車とホームの間が空いているので、先に乗り込んだ詠雪が手を取ってくれた。
その手は、ほんの少しだけ震えていた。
「ありがとう、詠雪。この手だけは、絶対に離さないから」
――プシューと音を立てて、今までの世界とこれからの世界が隔絶する。
ゆっくりと走り出した電車の揺れと、傍らに座る詠雪の体温を感じながら、私は少しだけ眠ることにした。
(了)
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