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それから 1
辻崎家を出ると父とは別で帰ろうとしていた俺は無理やり車に乗せられた。
俺が奈那に会って早く話をしたいように父も俺と話したいことがあるのだろう。それは理解できるものの、正直迷惑でしかなかった。
今、俺の頭の中には光流への罪悪感と奈那への不信感、そして父への不信感しかない。
静流から言われた言葉。
「そもそもこの婚約はどちらかに継続の意思が無くなった場合、速やかに解消すると決めてあったはずだが…光流より大切にしたい相手ができたなら何故そう言わなかった?」
あの時に言われた事を考えるにつれ、父への不信感が増す。
静流から告げられたその事実を知っていれば何かが違ったのかと問われてもその通りだと言えないにしても、こんな風に光流を傷付ける事は無かったのではないかと考えてしまう。
責任転嫁でしかないけれど、光流のことを思うと遣る瀬無い思いが強くなる。
そうか、どうせ話さなくてはならないのだから今話をしてしまおう。
車は辻崎家を出てどこかに向かっているけれど、目的地は分からないし興味も無い。ただ、父の立場を考えると外で派手な言動は避けた方がいいため必要以上の警戒はしなくてもいいはずだ。
「静流の言っていた事、何で隠してた?」
俺の問いに答えは返ってこない。
「お前のΩは私の地盤にとって有用か?」
一瞬、何を言われているのかわからなかった。この人は何を言っているのだろう?
俺が何を言えばいいのか悩んでいる内に車は停車する。これは公園なのか、広い駐車場は程よく混んでいて人目も無い。話をする分には何の問題のない場所だろう。
「辻崎と縁を結べば私の地盤は一層強固になるはずだったのに」
車を止め、最初に言った言葉がそれだった。俺を咎めるでもなく、光流を気遣うでもなく、まず心配したのは〈地盤〉だった。
「辻崎のΩを捨ててまで選んだΩなら優秀なんだろうな?」
光流の事も奈那の事もΩと呼ぶこの人は一体誰なのだろう?
「同じ学校か?
年は?出身は?」
矢継ぎ早に繰り出される質問。
この人にとって必要なのは自分にとって有用か、否か、それだけなのだ。
「学校と年は同じ。
出身は知らない」
俺の言葉に父は忌々しそうに舌打ちをする。奈那の経歴が気に入らないのだろう。どこを取っても光流以上にこの人が気にいる相手はいないはずだ。
「それよりも、何で光流との婚約についてあんな大切な事を隠してたんですか?」
俺の質問にあからさまに呆れた顔を見せる。この人はどうしてこんな顔ができるのだろう。罪悪感を感じることはないのだろうか。
「そんな事を言えば他に目を向けるだろう?辻崎のΩよりも有用な縁は無かったからな」
「その呼び方はやめて下さい」
思わず言ってしまった。
Ωだとか、有用だとか、聞いていて気分が悪くなる。
「まぁ、辻崎のΩは欠陥品だったみたいだけどな」
俺の言葉を聞いてもなお続ける言葉を聞きたくなくて車を降りようとするものの、ロックを解除できない。
「まだ話は終わってない。
辻崎は婚約解消で他言はしないと言っていた。
どこまでバレてる?」
父の言いたいのは奈那の事だろう。
「外では光流との事があったから接触しないように気を付けてはいた。ただ、静流の言い方だと学内では知られていると思った方がいい」
俺がそう告げると父は再び舌打ちをする。自分の父親とは言え品が無さすぎると思うけれど俺のやった事も品があるとは言えない。所詮、親子なのだろう。
「他は?」
「相手はバレてはいないけれど、光流をエスコートしている時に時折Ωに嫌な顔をされる事がありました。多分、相手が光流ではない事に対してだと思います」
そう、俺を見て嫌悪感を露わにするのはΩばかりだった。俺の纏った香りが光流のものではないと気付き嫌悪感を露わにしたあの人達は、きっと自分のパートナーにも告げるのだろう。〈光流のパートナーは他にΩがいる〉と。〈光流ではないΩを囲っている〉と。
奈那と身体を重ねるようになってから7ヶ月。光流と積み上げてきた7年と言う歳月は、たったの7ヶ月で脆くも崩れ落ちようとしている。
今まで光流と共に築いてきた人脈は無いと思った方がいいだろう。こちらから連絡を取るなと言われたけれど、先方から連絡がある場合は辻崎は関与しないとも言ったけれど、光流を蔑ろにした俺を擁護してくれるような相手は思い付かない。
光流というパートナーが居たからこその俺の立ち位置だったのに、辻崎の庇護下に有るからこそ受け入れられていたのに、それなのに何処で勘違いしてしまったのだろう。
「社交にはこのまま参加し続けろ」
短く告げられる命令。
そんなところに参加すれば息子がどうなるかなんて百も承知だろう。
「辻崎のΩはしばらく参加しないだろう。だったらお前は積極的に参加して〈誰が悪かったか〉を知らしめればいい。言ってる意味はわかるな?」
わかりたくもないけれど、わかってしまうのはこの人の息子だからだろうか。
「そんな事すれば辻崎は黙ってないと思いますよ」
反論してみるものの、この人が考えを変える気はないことは解っていた。
「何も言わなければいい。
辻崎も何も言わないと言っていたし。
お前の態度次第では同情が集まるんじゃないか?
お前の態度次第で金銭的な援助も違ってくるからよく考えるんだ。お前のΩと離れたくは無いだろ?」
何も反論できなかった。
現実問題、金銭的な援助がなければ大学に通うために仕事をしなければならない。ただ、俺の今の成績で両立できるとは思えない。
入学してすぐに奈那に溺れたせいで学業自体は何とかついていけてる状態なのだ。
今の俺に父の申し出を跳ね除けるだけの実績は何も無い。
従うしか無いのだろう。
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