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それから 2
「番になったと言ったが、妊娠の可能性は?」
そう問われて考えてみるけれど、あのヒートの時に奈那は事後に薬を飲んだのだろうか?
〈噛む〉事ばかりに気を取られ、全く気にしていなかった事に気付く。
αとΩはヒート時以外の交わりでは妊娠しにくいと言われているけれど、逆に言えばヒート時には妊娠の可能性が高くなる。茉希さんの言った事が真実なら俺たちが交わった時は常に〈軽いヒート〉だった可能性が高い。
それならば奈那は妊娠していてもおかしく無い。そうなった時に俺たちに育てられるのだろうか。
金銭面ももちろんだけど、奈那に不信感を持ったままで家族として成り立つ事ができるのだろうか。
「もしも妊娠しているようなら、生まれたのがαなら私が引き取る。お前が道具として使えないなら次の道具を用意しないとな」
何を言われたのか理解できなかった。
道具として使えないなら。
次の道具。
サラリと告げられた言葉。
俺は、この人にとって道具でしかなかったのだろう。
途端に虚しくなった。
「妊娠してるかどうかはわからない。とりあえず2人の間でそんな話は出てないし、子どものことはまだ考えた事もない。それ以外のこともちゃんと考えるから今日は帰らせてくれ」
それしか言えなかった。
逃げるようで悔しくもあるけれど、この空間で一緒に過ごす事が苦痛だった。
ドアに手をかけるものの、ロックされたままだ。
「開けて下さい」
乞い願うことしかできなかった。
父が操作しているのはチャイルドロックだろう。話が終わる前に俺が降りるのを防ぐために取られた手段なのだろうけれど〈チャイルドロック〉と言う響きが俺の神経を逆撫でする。
子どもが出来ていないか不躾に聞かれ、いるのなら道具にすると言われ、逃げる術をチャイルドロックに阻まれ。
俺は一体何をしているのだろう。
「ここが何処かわかってて言ってるのか?」
馬鹿にするような態度と言葉。
この人に〈親〉としての情は無いのだろうか。
「そうやって周りを確かめずに行動するからこんな事になるんだ。ここが何処か、交通手段はあるのか、そんなことも確認せずに降りてどうするつもりだ?
言っておくがお前の全てはまだ俺のものだと思っておけ。お前が自分のもののように使っているスマホも、移動するために使う運賃も、その服も、その身体だってお前のものは何ひとつない」
冷たくそう言うと車を発進させる。
父の言う事があまりにも正論で何も言い返せない。
「辻崎との縁が結べなかっただけでなく、勝手に番まで作って道具としての用をなさないんだ。社交でしおらしくして私の評判が落ちない振る舞いをしてこい。これは命令だ。
お前のΩも同じ学校ならそれなりに賢いはずだ。2人で今後のことを話し合え」
この人は本気で光流に申し訳ないとか、俺が馬鹿なことをしたせいだとか、親として反省するということはないのだろう。重要なのは自分の評判と地盤だけ。
こんな身勝手な男の元で育ったせいで俺までもこんなに身勝手に育ってしまったのだと責任転嫁したかったけれど、それをするのはあまりにも情けないことだという自覚はある。
「それにしても辻崎も馬鹿にしてくれたものだ。父親でなくて長男とΩが出てくるなんて」
イライラしているのが伝わってくるけれど、それだけ笹原の方が格が下だというだけのことなのにこの人は何を勘違いしているのだろう?
静流のあの様子を見て、自分よりもかなり格上のαだと感じなかったのだろうか。もしそうならば救いようがない。
父にしても俺にしても選ぶ側ではない。ただただ選ばれるのを待つだけの立場なのだ。
それなのに選んでしまった事による弊害に苦しめられているのが現状なのに、その事にこの人は気付いていないのだ。
親子揃って愚かなのは血筋なのだろうか。
「まあいい、お前はまだ1年だ。
辻崎の息子よりもできることを知らしめれば良い縁談も来るかもしれんしな。
お前のΩが表に出られるようなら認めないこともないし」
何処までも上目線で話を続ける。
疲れてしまった。
話も聞きたくない。
この現状から目も耳も塞いでしまいたい。そう思うものの、目も耳も塞ぐことはできず、父の言葉は嫌でも耳に入ってくる。
帰ってからは奈那とも話さないといけないのだ。
そうだ、光流は大丈夫なのだろうか?
規則正しく来ていたヒートが乱れていると言っていた。1日で終わる軽いヒートだったはずなのに、俺のせいで長引くようになったと。
奈那のフェロモンのせいで熱を出して寝込むとも言っていた。奈那と身体を重ねるようになってから、光流とは何回会ったのだったか。
その度に熱を出し、痩せていったと言っていた。
衣類のサイズが変わるほどだ、体重もかなり落ちてしまったのだろう。
もともと華奢だったと言うのに、あれ以上細くなってしまったらもしもの時に抵抗だってできないのではないか?
光流のことを考えると居ても立っても居られない気持ちになるけれど、俺にはもう光流を守る権利もその術も無いのだった。
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