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出会いと、すこしの勇気
「あなたの名前は!? あたしチホ、千の穂って書くの」
同じ五年生だというチホさんは、ぐいぐい来る子だった。
元気で積極的、まさにわたしとは正反対。
それに千穂……わいい名前だなぁ。
三度目のループで初めて話せた。
それに、なんだか思っていたのと印象がちがう。とてもおしゃべりしやすくて、感じのいい子だなって思った。
あ、いけない。わたしの名前もおしえなきゃ。
「あっ、えと……わたしは碧(アオ)。青いアオだけど、難しい漢字のほうで……」
うぅ、うまく説明できない。
アオの「碧」の字はむずかしい。
王と白と石を組み合わせて碧になるのだけど……。
「五年生で習う漢字?」
「習わないかも」
「え! すごいね!」
すごいの、かな?
千穂さんはとても楽しそうに笑う。
わたしもこんなふうに笑えたらいいのにな……。
以前、先生に「碧(アオ)さんはもう少し、積極的になりましょう」と言われたことがある。
せっきょくてきと言われても……。
どうすればいいの?
正直よく分からない。
学校やクラスでは自分なりにがんばっているんだけど。授業でもっと手をあげて質問するとか、普段話さないクラスの子に話しかけてみるとか?
うーん。そんなの無理、恥ずかしいし、めんどくさい。
わたしはべつに今のままで困らない。
だから夏休みが「ループ」していても別にいいかなって、そう思っていた。
ずっと夏休みが続く、それならそれでいいやって。
もう学校にも行かなくていい。クラスメイトに会えないのは寂しいけれど、しかたないって。そんなふうに考えようとしていた。
でも、三回目の8月8日の朝。
少しだけ、変わって、こうして誰かと話せて思った。
やっぱり……友達がほしい!
お話したいし、一緒に遊びたい。
積極的にはなれないけど、でも勇気をもって。
「よ、よろしくね、ち……チホさん」
「うん! アオさん」
「同じ、五年生なんだよね?」
三度目のループではじめて話ができた。お話しすると、こんなに嬉しいなんて。
「うんあたしも五年生! ところでアオさんはどこ小?」
「えっと、東第二小学校」
「東第二……小学校? どこにあるの? しらない」
チヨさんが首をひねり頭に「?」マークを浮かべる。すると、またしても日焼けしたオジサンが割ってはいってきた。
「千穂! その子は佐々木の婆さんとこのお孫さんだからな? 娘さんがオレのいっこ下の後輩でな。たしか仙台あたりに嫁に行ったはずだから……。たぶん大きな街の小学校だべ!」
あぁ個人情報がダダ漏れで、怖すぎるよぉ!?
これが田舎のすごいところ。となり近所のことをみんな知っているって、話は本当なんだね、おばあちゃん……。
「もう、お父さんはあっちいってて!」
チホさんは顔を赤くして、日焼けヒゲおじさんの背中をぐいぐい押して追い払った。お父さんなんだ……。
チホさんはそして、わたしを見て目を輝かせる。
「アオさんは街の子なんだね」
「ま、街の子……かな」
住んでいるのは都会ってわけじゃない。でも、マンションで暮らしているし、近くにコンビニがある。これって街の子になるのかな……?
「千穂ー! そろそろ行こうよ、家で宿題、する約束でしょ」
「あっ!? うん、ごめんマキ、いまいくね」
向こうで別の女の子がチホさんを呼んだ。
ショートカットの背の小さい子だ。
名前は、マキというのね。
「じゃねアオさん、またあした!」
「あ、うんまた」
千穂さんは手を振って、さよならすると遠ざかっていった。
遠くから呼んだマキという子は、わたしをチラリと見て、そして男子を連れてどこかへ行ってしまった。
「……ふぅ」
ひとり取り残されたわたしは、少し恥ずかしくなった。
ちょっと浮かれちゃったかな。
チホさんと初めて、おしゃべりできて嬉しかったし。
でも、チホさんと一緒にいたマキって子ともう一人の男子とは話すことができなかった。
「ま、いっか」
すこしだけ気分が軽くなった。
小さな変化のせいかなぁ?
三回目の8月8日の朝、景色がすこしだけ違って見えた。
わたしは軽やかな足どりで、田んぼのなかを通る細いあぜみちを通りぬけ、おばあちゃんの家へと帰った。
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