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Side:直樹
3年前の春。高校時代から付き合っていた加奈子は死んだ。
大学3年の春のことだった。後一年もで卒業する二人。
卒業したら結婚しよう。そう約束していたのに……
あの日、加奈子は少し体調を崩していたようで、今日は早退した方がいい。そう話していいた矢先だった。突然胸をさえるとそのまま倒れ、慌てて119番に電話をして病院に緊急搬送。
俺も一緒に付き添って、そのまま加奈子の両親と一緒に病院の廊下で待ちぼうけた。
明け方、死因は心筋梗塞と聞かされた。加奈子の両親からは心臓に少し疾患を持っていたという話を始めて聞いた。そんな話きいたことがなかった……
そこから数週間、俺は大学にもいかず加奈子と過ごしたアパートに閉じこもっていたのだが、その時のことはあまり覚えていない。
確実なのは、あんなに愛した加奈子はもういない。という現実に情けなくもうなだれていたことだけだった。
そしてある日、この世に未練なんてない。そう思って台所で包丁を手に握り、首へ刃先をあて加奈子の元に会いに行こうと思ったのだ。だがその時、机に置いてあったワインが倒れ、大きな音を立てて割れてしまう。
結婚したら飲もう。そういって二人で買ったちょっと高いワイン。お互いお酒も飲めないのに『デザインがかわいい』加奈子のそんな一言で勝ったワインだった。
「ああ、もったいないな……」
その日、俺は加奈子が死んでから初めて涙を流して泣いた。
その夜、俺は夢の中で加奈子にあった。
真っ白な空間で目の前に立つ加奈子。
また涙が出そうになるが、これは夢なのは分かっている。どこにこんな真っ白な空間があるのか……
『ナオくん。ごめんね私、死んじゃった』
俺は声が出せずに首を横に振る。謝る必要なんかないんだ。
『約束……守れなかった……』
大丈夫。俺はずっと約束守るから……ずっと好きだ。これからもずっと……
そして朝日を浴びて目を開ける。
俺はまた……泣いていたのか。顔を濡らす涙に気付いた俺はそれを手で拭う。
夢でみた加奈子の最後の笑顔と共に思い出す。
結婚したら、と加奈子と交わした約束を……
『約束は絶対に守る』
『嘘はつかない』
『ずっと一緒にいよう』
『どっちが先に死んでもその分も幸せに生きよう』
『そして、できれば死んでも好きだと思っていてほしい』
それから俺はなんとか大学を卒業し、地元のそれなりの保険会社に就職した。
毎朝必ず加奈子の写真に『おはよう。大好きだよ』そう話しかける。
そうすることで、自分もまた加奈子に『私も好き』と言ってもらえている気がしていたから……
Side:加奈子
『あーあ、あっけなかったなー』
私は加奈子。
あの日、胸がちょっと痛いなーって思ったら気づいた時には寝ている私を見ていた。そのまま処置室のドアをすり抜けて廊下に出たら、泣き叫ぶ母と泣きながら膝をつく父がいた。
そして大好きなナオくんが茫然と立っていた。
きっと、私が死んだことを受け入れていないのだと感じた。
私は、ずっと一緒にいるって約束、守れなかったな……そう思ってなんだか悲しくなってきた。
それから数週間、私は実家ではなくナオくんのそばについていた。とても心配だったから……
毎日ナオくんの顔を見る。
生きてる時はちょっと恥ずかしかったけど、これからは気兼ねなく見れるかな?
でも心配ばかり募ってくる。
もう2週間も外に出ていない。
買い置きしてあったインスタント麺をぼりぼりかじる。さすがにレンチンご飯をそのまま食べることはなかったけど……でももうほとんど残ってないよね?
そうしたら、外へ出てくれるかな?買い物に行って、外の空気を吸い込んで、そして日常に戻ってくれるかな?
そんなことばかり考える。
私を忘れてくれるなら、少し寂しいけどナオくんが幸せになってくれるなら、私はそれで幸せ。
多分こうしてずっといられるのだって、いつまで続くか分からない。明日にもあの世と呼んでた世界に飛んでっちゃうかもしれない。できれば永遠に一緒にいたいけどね。
でもナオくんが幸せじゃなきゃ見るのはつらい。
そんな時、ふらふらと歩き出したナオくんが台所の前に立ち止まっていた。悪い予感しかしない。
当たってほしくない予感が的中した。
ナオくんは包丁を取り出してゆっくりと首にあてがった。
なんとかしなきゃ!私はナオくんに呼びかけた。
『ナオくん!だめだよ?死んだらだめなんだよ!そんなことしたらとっても痛くて苦しいんだから!』
何度もナオくんにふれようと試みたが、初日に試してみたとおりナオくんの体をすり抜ける私。もちろん声も届かない。
どうしよう?私に何ができるかな?早く、早くナオくんを止めなくちゃ!
焦る気持ちばかりだが、実際私にできることなんかない。そう思った時、あのワインが目に入る。机の上に置かれたそれは、結婚したら一緒に飲もうと私が可愛いデザインだけで買った物。
この部屋の中で一番思いのこもったものだった。
もしかしたら!そんな気持ちでワインの瓶を握り締め……ることはできなかった。他のものと同じように触れずすり抜ける。
今にもナオくんは包丁で自分の喉を切りつけようとしている。
『だめだよ!ナオくん!死んじゃだめー!』
私は手を振り回すようにワインの瓶に何度も通りぬけた。そして何かの違和感を感じた時、それはふらりと倒れ床へと落ちた。
『やった!』
そう思ってナオくんを見た。こちらを見て驚いた表情。私が死んでから初めて感情のある顔が見えた。嬉しかった。きっと私を見ているわけじゃない。でも確かにその時に私と目が合った感じがしたから。
包丁を投げ捨てたナオくんは、ふらふらこちらへ歩いてきた。
そしてぶちまけられたワインを見下ろしていた。、
「ああ、もったいないな……」
そう口にして、ナオくんは私が死んでから初めて涙を流して泣いてくれた。もちろん私も泣いた。多分見せられないぐらいぐちゃぐちゃに泣いた。
その夜、私は寝ているナオくんに話しかける。
『ナオくん。ごめんね私、死んじゃった』
寝ているナオくんを撫でる。触ることはできないけど……
『約束……守れなかった……』
そう言うとナオくんが少し微笑んだ気がした。そんな訳ないよね。私の声は届かないのは知っているから……
それから、ナオくんは大学に行くようになった。最初はフラフラだったけどね。2週間ちょっとで人間ってあんなに衰えるものなんだ。そう思ったぐらい。
結局地元の保険会社に就職したナオくん。
毎日あのアパートに飾ってある私とナオくんの写った写真に「おはよう。大好きだよ」そう言って話しかけてくれる。『おはよう、私も大好き』毎日欠かさず答えることにしている。
そして今日も「いってくるね」そういって出るナオくんに『行ってらっしゃい!気を付けて』そう声を掛ける。聞こえてないとは思うけど、時折こちらを見てほほ笑む気がして……こんな新婚生活……送りたかったなー。
Side:明子
最近気になる人がいる。
今年で3年目となるこの小さな保険会社に入ってきた安藤直樹くん。ちょっと私の好きなアニソン声優に似ている気がする顔がタイプだった。
初日からその子は仕事に一生懸命だった。
そんな彼は時折少し儚い表情を見せてくれる。なんでも大学時代に彼女さんが死んじゃったらしくて、まだ忘れられないのかな?そんな彼に惹かれていったのは仕方のない事だと思う。
「これはきっと運命よ!」
彼が彼女さんを失ったのも、この会社に入社したのも、仕事を教えた私に笑顔を見せてくれたのも、きっと私が彼の運命の人だから……
私は彼に一生懸命尽くした。
仕事で分からないことがあれば優しく教えた。それはまあ当然か。彼はまだまだ不慣れで不安もいっぱいだろう。その不安を取り除くのは私の、彼女としての義務だから!
彼はあまり料理が得意じゃ無い。隣の席の田中とそう話していたのが聞こえた。
もう!仕方ないな。そんなにアピールしなくても、私がなんとかしてあげる。
翌日、私は彼に作ったお弁当を差し出すと、遠慮がちに受け取った。
お昼が終わると「とても美味しかったです。でも悪いですから大丈夫ですよ?」と言ったので「遠慮しないの」と答えてあげた。私を気遣う彼の優しさを感じた。
それから3ヵ月が過ぎようとした熱い夏の日。
彼は少し悩んでいるようだった。私にも暗い顔を見せあまり話をしてくれない。お弁当も受け取ってくれなくなった。食欲が無いのだという。
心配だ。何かに悩んでいるなら……私がなんとかしてあげなきゃ!
私は、人事部にいってこっそり彼の住所を確かめた。
遠慮しがちな彼は自分からは教えてくれないだろうし……未来のお嫁さんの私には遠慮なんていらないのにね。でも彼のそんな優しさが嬉しかったのも事実だ。
「直樹くん!私が絶対元気にしてみせるから!」
Side:直樹
地元の保険会社の仕事はそれなりに大変だった。
やっぱり営業という仕事は覚えることも多い。毎日大変な中、会社の人達は優しかった。
隣の席の田中先輩は説明も分かりやすく、自分の体験談なんかも交えて俺の苦労している部分を理解させてくれる。小さな会社だから社長も専務もとても良くしてくれる。
実は専務は彼女の、加奈子のお父さんだった。
だからこの会社に入ったと言ってもいい。
本当だったらお義父さん、と呼んでいたはずの人……そんなことを考えると少しだけ悲しい気分になってしまう。
沈み込んだその気持ちを手元の書類をみて切り替える。
「直樹くん!これ……」
すっと俺の前に差し出されたカラフルなものに包まれたもの……お弁当を両手で受け取らないように押し返す。
「あ、明子さん、お弁当はもう大丈夫って言いましたよね?」
「また遠慮して!せっかく作ったんだから素直に受け取りなさい!どうせ捨てるだけになっちゃうんだよ?」
「す、すみません。でも俺……最近ちょっと食欲が……自分のペースで食べるので、ほんとすみません」
「そう?それなら仕方ないか。体調悪いんだったら無理しないでね。何かできることあったら言ってよね。相談にのるから」
この女性は中村明子さん。この会社で唯一の女性であり、今の俺の一番の面倒事であった。
入社してから何かと気にかけてくれるのは感じていた。
最初はそれはありがたかったが、世話焼きなのか徐々に面倒なことを言ってくるようになった。明子さん、って呼んでるのも彼女はどうしても明子って呼んでとうるさいからであった。
お弁当もその面倒ごとの一つだ。
最初は遠慮しながらも気にかけてくれるのだとありがたく受け取った。でも正直あまり料理は上手じゃないようで、次の日からは断るようにした。それでも何度か押し付けられたから、それは専務にも相談した。
それとなく構わないように話してくれたようだが……効果はなかったようだ。
仕事はそれなりに順調なんだけど……明子さんのことを思うと憂鬱だ。
俺は一日の営業を終わらせ、会社に戻った後に帰宅する。
「今日は少し遅くなったな……」
少し薄暗くなった道を歩くながらため息をつく。
「ん?なんだ?」
俺のアパートの部屋、2階の角部屋の電気がついていた。
「また母さんが掃除でもしに来たのかな?じゃあ今晩がおいしいものでも食べるれるかな?」
少しだけ心が温かくなった気がした俺はアパートの部屋のドアを開けた。
「また来たのかよ、母さ……」
「おかえり直樹君!お仕事お疲れ様。もう少ししたらできるから座って待ってて!」
「なん、で……」
俺は台所に立っていたその女性、明子さんを見て背中に冷たい汗が伝うのを感じた。
「ふふふ。びっくりしちゃったよね?最近直樹君つかれてるようだかが……来ちゃった」
恥ずかしそうに腰をくねらせそう言い放つ彼女……そしてやっとここで怒りが込み上げ拳を握り締めた。
「なんで!鍵は?そもそもどうやってここがわかったんですか!」
「鍵はね、下の階にいる大家さんにフィアンセで、って言ったら開けてくれたよ?住所は勝手に調べちゃったけど、直樹君そういうの中々言い出せないでしょ?意外とシャイなの知ってるから……」
その言葉に心がガタガタと震え、悲鳴を上げそうだった。
そんな動けぬ俺に近づき、後ろから背中を押す明子さん。
俺は初めて感じる恐怖に、促されるようにベットの上に座らせられるしかなかった。
そして「もう少し待っててね」そういって頭を撫でられる。思わず「ひっ」と悲鳴を上げる。その声を聞いてもなお、明子さんは笑顔だった。
そしてまた台所に戻るとレンジから何かを取り出し皿に乗せているようだった。
恐怖から震えて動かない体を無理やり動かし、部屋の中を確認する。
テーブルの横には明子さんがいつも持っている派手で下品なバックと、近所のスーパーの袋が置いてあった。袋の中にはビールが何本か入っているようだ。
そして気づく、いつも加奈子と俺の写真が飾ってあるところ……それが見当たらない……
「あ、明子さん!写真!そこにあった写真は……」
「ん?そこの写真ならちゃんと処分したわ。悲しいのは分かるけど、いつまでも引きずってちゃだめよ?今は私がいるんだから」
そんなことを言いながら皿をテーブルにおく明子さん。さらには適当に乗せられた揚げ物やらなにやらが山のように乗っている。
台所にあるごみ箱には冷凍食品のパッケージがぐしゃりとつぶして捨ててあるようだ。
「なんでこんなことをする!お前に何がわかる!お前なんかただの会社の同僚だ!」
「もう!そんなこと言って。まあいいわ。辛い事も何もかも、全部私にぶつけなさい!全部受け止めてあげる!」
そういって腰に手をあて胸をはる明子さん。
また全身が強張るのがわかる。
「そもそも不法侵入だ!おじさんに、専務にも報告するからな!お前のことは好きでもなんでもない!もう俺に構わないでくれ!」
「そんなこと言って……まだあの女の事が忘れられないのね……いいわ、せっかく作ったけど後回しにしましょ」
そんなことを言ってこちらに近づく明子さん。
そして動けない俺をベットに突き飛ばし……ありえない行動に恐怖から声がだせなかった。
そして俺に覆いかぶさろうとした明子さんは……俺の後ろを驚いた顔をして見ていた……
「なに?なんなの?なんであんたが居るのよ!」
俺の後ろを見ながら叫んでいる明子さん。俺も後ろを見るが当然そこに何もいるはずもなく……
台所へ走り出した彼女は、包丁を手に持った。
言いようのない恐怖が復活する。
そして……玄関の方を見た明子さんはそのまま手に持った包丁を振り回し、裸足のままで玄関を出ていった。
おれは震える足を叩き起こしながら追いかける。
そしてすでに下まで降りていた明子さんを見下ろした時、包丁を振舞わしながら道路まで走り出したと思うと、そのまま走ってきた車とぶつかった。
周りに人が集まってきて携帯を取り出した人を見て、ああ大丈夫そうだ。そう思ってその光景を只々見ていた。
それから一週間。
会社にも全てを報告した。
幸いなのかは分からないが、明子さんは軽傷だった。
そして今日、彼女は会社に復帰する。
意識が回復したと聞いてお見舞いに行った専務の話では、その時の記憶はなく俺から説明されたことをそのまま話すと、涙を流して謝罪したという。
釈然としない思いもあったが、なぜか俺はそれを受け入れたいと思ってしまい、解雇できるという専務の言葉に首を横に振り、復職しても良いということを伝えた。もちろんそれを彼女が望むならだが……
「安藤くん。覚えてないのはずるいと思うけど、本当にごめんなさい」
事務所の同僚たちの前でそう言いながら深く頭をさげられる。俺もなぜか知らないが「もういいか」という気持ちになってしまう。
「もう、いいですから」
そう俺が返事をすると、彼女はふわっとした笑顔を見せた。
まるで……加奈子のように……
それから3年が過ぎた。
明子さんはあれから距離を取りながらも色々と気にかけてくれた。
着かず離れず、そして時折見せる加奈子のような笑顔、加奈子のような仕草、加奈子のような励まし方……加奈子のような手料理……
そして加奈子のような愛され方……
そして今日……俺は明子さんと結婚した。
皆に祝福され、披露宴も終わって帰る道。
新婚旅行は行かないことにした。今日から3日だけ休みをとって二人だけの時間を過ごす予定だ。
帰りに寄ったデパートで「夕食は手抜き」と言って豪華なオードブルを買う。
そして明子が手にしているのは……いつか買ったあのワイン……
二人仲良く腕を組みながらゆっくりと家までの道を歩く。
「やっと約束がはたせるね」
「そうだな……」
「ナオくん……だーい好き!」
「俺もだよ……加奈子」
俺は、二人きりの時に使う名前でそう呼びかけた。
これからは二人仲良く……永遠に。
おしまい
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