僕だけではなかった

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 メッセージを無視して携帯を閉じ、エアコンのリモコンを手に取る。かび臭い空気を避けるようにソファの座る位置を変えてから、JOYPADでなんとなく「りれき」を押して見る。   決戦は金曜日 DREAMS COME TRUE   もっと強く抱きしめたなら WANDS   何も言えなくて…夏 JAYWALK   世界中の誰よりきっと 中山美穂&WANDS   私がオバさんになっても(シングル・ヴァージョン) 森高千里  知らないものばかりだ。でも途中に入っている『DAN DAN 心魅かれてく FIELD OF VIEW』は知っている。世代を超えて今でも超絶人気アニメの主題歌だ。とりあえず僕も何か歌おうと思い、適当にジャンルのアニメから探すことにした。 「てか、うるさ」  隣からだろうか、ドンドンバンバンボーボーブーブーともはや騒音が聞こえてくる。音の性質上そうなのか、壁がそんなに厚くないのか。壁をノックして特にわからなかったが、たぶん前者だなと結論づける。靴を履くのがめんどくさくて、ソファを伝って向かいに移動し、壁に耳を近づける。  なんか極厚のマンガ肉を力いっぱいおしぼりを絞る要領で捻って、それに苦しみ耐えるがこぼれ出てしまった肉汁の鳴き声みたいな音が壁越しに助けを求めてくる。たびたびマイクを手で叩くと出るボンッボンッという音まで聞こえてきた。  ビーディーマッチブーキンジミニバーバルオプロッテンゴー  急に大人しくなった音の響きで、何となく聞こえた歌詞らしきものを頭の中で単語化しようとしてもわからない。前にテレビで見た青森の放言のような、異なる言語にしか聞こえなかった。  その後も空中の一点を見つめながら曲のヒントとなる歌詞を探し続け、ようやくマキシマムザホルモンの『これからの麺カタコッテリの話をしよう』だということが分かった。  気づくと脂の蓋が箸でほじくり返されて湯気立つスープのような汗がシャツにしみこんでいた。幾分かマシかと思い、ドアを開けようと素足のまま床に降りると、ちょうど隣のドアが開いて出てきたようで、紺色の布が通り過ぎて行ったのが見えた。見覚えしかないそれに嫌な予感しかない。  一旦ドアを開けるのをやめた。マトリョシカみたいにドアの小さいドアのガラスがついていて、ちょうど一般的な目線くらいはしのげそうなところが曇りガラスになっている。しかし、それを超えてきた隣人と思わしき視線に捉えられた。  ガチャバタドンガシャンッ  何か大惨事の音がかすかに聞こえたがそれどころではない。 「なんで彩女(あやめ)がいんだよ」  学校祭初日、サボってカラオケにいたのは僕だけでなかった。
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