飲み込まれて消えた

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飲み込まれて消えた

 音がやんだ。そこかしこで鳴っているが、はっきりとわかった。僕はJOYPADを手に取り、曲名検索を指でタップする。五十音の中から探している曲名の文字をタップしていく。見つけると予約ボタンを押す。  ただ僕はカラオケに来て歌うだけ。歌詞なんて僕の気持ちを知って書いたわけではないし、たまたま合っただけだ。そう、これは偶然なんだ。  画面が切り替わってからマイクを入れてすっと息を吸って歌う。back numberの『高嶺の花子さん』だ。 「『会いたいんだ今すぐその角から、飛び出してきて』――」  ガチャンッ!! 「くぅ~れぇな!?」  彼女が僕の部屋に飛び込んできて声が裏返った。そのまま彩女はJOYPADを引っ掴むと何やら操作して、曲が止まった。そしてカツカツピカツピッと力強めに操作して画面に、ゆずの『夏色』と表示される。  僕と同じくらいの男子2人が走ってくる、というか走っていたのを逆再生していたように戻ってきた。かつて僕が書いた青空の絵の道路多めの映像が出てきて今度こそ自転車でこちらに向かって走ってきていた。 「『駐車場のネコは』ぁ……」  彩女は首をかしげて、マイクの電源部分を見たり、手で叩いたりしていた。そうしてから持っていたマイクを置いて、僕が使っていたマイクと交換して再び歌い始めた。 「みんな夏が来たって、浮かれ気分なぁ~のにぃ~」 身体をくねくねさせたり、のけぞったりと、どこかの店の前にあったチューブマンみたいな動きで熱唱していた。歌上手いな。そして器用に指で僕とJOYPADとテレビに指さしてくる。 「ゆっくりぃ~ゆっくり~下ってく~」  待て待て待てと何もゆっくりじゃない曲の終わり目に、とっさに思い付いた曲を滑り込みで入れた。同じゆずの『栄光の架橋』だ。 「ダメ」  誰にもすら言わせてもらえずに演奏停止ボタンを押されて曲がフェードアウトしていった。そしていつの間に入れたのか次の曲が始まった。
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