飲み込まれて消えた

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「なんで演奏停止すんだよ」  彩女が歌っていても構うものか。ただ沸いた怒りをぶつけた。 「藤悟が歌える立場じゃないから」 「は? なんだよそれ」  彩女は僕の質問には答えずにまた歌い出す。僕はすぐにJOYPADを奪い取り曲を探す。そして次の曲を決めてから僕の番だと言わんばかりにこっちも演奏停止してやった。さっきと同じようにフェードアウトしていったタイミングで顔を上げると、彩女がニヤついていた。  昔から変わらない愛らしい顔つきに少し大人びた要素が加わって、いたずらから不敵へと進化した笑みだった。  そうだ、こいつは昔からいたずら好きで自分勝手で負けず嫌いで、しつこいんだった。  そしてそれに対して、僕も同じようなものだからとことん付き合ってどっちかが泣くまで続いてたんだった。  BUMP OF CHICKENの『天体観測』が画面に表示された後、耳鳴りが怪物化して近づいてくるような音が鳴る。ジャジャジャジャジャンと曲が始まる、と思いきや「ダメ」とまたもや演奏停止される。  ふざけんな不朽の名曲だぞ! 何がダメなんだよちくしょうがっ! 「貸せっ!」 「まだ入れてないから無理」  ピッピっと迷うことなく操作して次に彩女が入れた曲は、サカナクションの『新宝島』だった。 「入れただろ、早くよこせ!」 「前奏長いからまだダメ」 「そんな長くねぇだろ」 「うるさい邪魔しないで」 「うるさいって、お前は昔っから――」  言葉に詰まる。彩女が急に顔を上げてまじまじと見てくる。表情は真剣そのもので、無言無表情でいる。どんどん近づいてくる錯覚に陥って無理やり目をそらした。 「私はまだ許してないんだから、藤悟のこと」  曲はすでに始まっていて、彩女は少し操作してから渡してきた。そして歌い始める。  まだ許していない。たぶんそれは何も言わずに中学受験したことに対してだろう。その前もあの夏祭りから避け続けて、勉強を言い訳にして突然さよならをした。正確に言えばさよならせずにさよならをした。消えたのと同義だ。怒って当然、恨んで当然のことをし――  ガコンッ  飛びそうな意識から覚めた。マイクがオンのままテーブルに置かれたらしく「あっつ~」と胸元をぱたぱたさせながらドカッと座った。  今日は昔のことを思い出してばかりだった。今まで思い出すまいと留めていたものが決壊してあふれ出てくる。 「演奏停止して」 「なんで」 「この曲じゃない」  やたら擦れている演奏停止ボタンを何度も押してやっと曲が止まる。もう一曲入っていて、BUMP OF CHICKENの『アンサー』だった。
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