キュアヒル

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 面積の90パーセント以上を森林が占める、とても緑豊かな村。自然が魅せる四季の移ろいを、常に側に感じながらのびのびと育った航は、今年の4月から中学生になった。  レンゲやタンポポが野道を彩る春を過ぎ、蝉の大合唱が空を埋め尽くした夏を越え、今は黄や(くれない)の葉が待ち遠しい秋。  金木犀(きんもくせい)の香りを運ぶそよ風に頬を撫でられながら、放課後の道を自転車で駆ける航は、家まであと少しのところで、とある人物を発見した。  あ、じいちゃんだ。  畑の中央で佇み、腰をトントンと叩き茜色の天を仰ぐ老爺。彼は航の祖父。  あれ?なにを見ているんだろう?  そう疑問を抱いたのは、祖父が手で(ひさし)を作っていたから。「じいちゃーん」と呼びかけて、航は畑の傍に自転車を止めた。 「おお、航。今帰りか」  背後から聞こえてきた馴染みの声に、振り向き笑顔を作る祖父。航は「ただいま」と言ったあとで、祖父と同じく手庇(てびさし)を翳した。 「なにを見てるの?」 「虫じゃよ」 「ああ、赤トンボか。ずいぶんとたくさん飛んでるね」  毎年この季節になると、突如群を成して現れるトンボたち。  幼い頃は網を振りまわして捕まえたりしていたなあと、航がそう遠くはない昔を懐かしんでいると、祖父は首を横へ振った。 「トンボじゃない白い虫が、群れに交ざって1匹飛んでるんじゃ」
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