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──〔きの…ちゃん……。〕
」ねぇ、雪乃ちゃん…?」
「えっ…あっ、はいっ!」
雪乃は、奏さんの声で我に返る。
声がした方を振り向いた時、目の前に奏さんの顔があったものだから、つい反射的に体を仰け反らせてしまった。
「ひゃっ…!すっ…すみません…私ったらつい…ぼーっとしちゃってっ…。」
「どうしたの、大丈夫…?もしかして、どこか具合でも悪い?」
「いっ…いえ、大丈夫です!あっ…こ、これ片付けてきますね。」
そう言って雪乃は、そそくさとその場を離れ後片付けに向かう。どこか忙しい様子が見て取れる彼女の後ろ姿を、奏さんは不思議そうに見つめていた。そして、雪乃の心ここに在らずといった様子に違和感を覚えたのは、奏さんだけではなかった。
広瀬が、雪乃に声を掛けた時だった。
「二礼さん、お疲れ様。先に休憩入っちゃって。」
その声掛けに気が付かなかったらしい雪乃は、黙々とテーブルを拭き続ける。
「あ〜…えっと…。」
そして彼は、雪乃の肩を優しく叩いた。
すると…。
「ふぇっ…!?あっ…ひ、広瀬さんっ?!」
雪乃はまたもや驚き、体を仰け反らせる。
「えっ…あ、いやその…驚かせてごめんね?先に休憩どうぞって声掛けたんだけど…聞こえてないみたいだったから…。二礼さん、今日は朝からずっとぼーっとしてるけど…大丈夫?」
「すっ…すみません、ぼーっとしてばかりでっ…。具合が悪い訳では無いので、大丈夫です!」
「そっか…具合が悪い” 訳では無い ”けど、集中力に欠ける” 何か ”はあるって所かな?」
「えっ…!?」
(さすが広瀬さん…いつもの事ながら感が鋭い…。)
「ふぅ…とりあえず、休憩に入っておいでよ。」
「すっ…すみませんっ!お先に休憩入りますねっ…。」
──それからあっという間に時間は過ぎ、現在18時40分。本日もまた、雪乃は広瀬と共に駅までの道を共に帰るはずだった。
(言わなきゃ……これ以上引き伸ばしたらだめ…広瀬さんにも十四郎くんにも不誠実でありたくない…。)
「奏さん、お疲れ様でした、お先に失礼します。」
2人は奏さんに挨拶をし、店の裏口から外へと出る。日が落ちて薄暗くなっている空を見上げた時、雪乃の頬を夜風が優しく撫でた。そして雪乃は、意を決した。
「あっ…あの!広瀬さん…。」
先に前へと進んだ広瀬が振り返る。
「ん?どうかした?」
「私…その…広瀬さんに言わなきゃいけないことがあって…。」
言葉を詰まらせながらもひとつひとつの言葉を選び、慎重に口にしていく。
「うん。…どうした?」
広瀬と目が合う。どこか憂いを帯びたその瞳は、雪乃を真っ直ぐに見つめていた。そんな彼の姿を見て、雪乃は心が締め付けられた。耐えられなくなり、つい視線を逸らしてしまう。しかし程なくして、互いの視線は再度重なり合った。
「あのっ…駅までの送りのこと…なんですけど…。あれから特に何も起こっていないですし、広瀬さんにもこれ以上は迷惑を掛けられないので……きっ…今日から1人で帰ることにしたいんですっ!」
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