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「…そっか。あのさ、一応言っておくけど…俺は迷惑だと思ったこと無いからね?むしろ好きな人と一緒に帰れて嬉しいって思ってるし。二礼さんは…俺と一緒に帰るの…嫌、かな…?」
「えっ…あっ…その、嫌とかではないんです…だけど…そのっ…。」
(どうしよう…はっきり言わないと…でもそんな言い方、ずるいよ。)
広瀬の目をまともに見られなかった。心が傷んだ。自身の気持ちをはっきり言ってしまうことで、彼を傷つけてしまうことになると分かっているからだ。きっと彼は、私が何を言いたいのか分かっている。だからこの様な回りくどい言い方をしているのだ。
(でも……だめ、ここでまた言えずに終わったら、意味が無いっ…。)
「……広瀬さん、ごめんなさい…。やっぱり私、これからは1人で帰ることにします…。広瀬さんのことが嫌とか、そういうことではなくてっ……気になる人が…大切にしたいなって思える人が…いるから…。その人に、私が広瀬さんと帰ってる所を見られて…聞かれたんです…。」
「何て…?」
「……付き合って無いんだよね?って。君の事を好きではないんだよね?って…。それに対して私は、広瀬さんは人としての優しさから一緒に帰ってくれているだけだと…広瀬さんの思いを分かっていながら…嘘を、ついてしまいました。」
心臓の音が煩く鳴り響いて、体が熱いと感じる。
言葉を口にするだけだと言うのに、口元が…言葉が震えてしまう。そんな雪乃の姿を、広瀬は視線を外すことなく真っ直ぐに見つめていた。
「広瀬さんのいないところで…広瀬さんの思いを私の口から勝手に言うのは不誠実だと思っての嘘でした…。でも結果的に、彼に対して嘘をついた上、広瀬さんの思いを軽くあしらってしまったようにも思えて…後ろめたい気持ちでいっぱいになってしまって。」
気がつけば、目頭が熱くなり視界は霞んでいた。
謝罪すべきなのは自分自身、だからこそ、今ここで涙を流してしまってはいけないと、そう自分に言い聞かせる。
しかし、それは言うことを聞いてくれなかった。
ひとつが流れると、それの後を追うようにして、次から次へと流れ始め止められなかった。
「ぅ…ごっ…ごめんなさいっ…わたっ…し…、広瀬さんのことを傷つけたい訳じゃないのにっ……でも、その人のことを、大切にしたくてっ…。」
「…はぁ…泣かないでよ…俺、困るじゃん。…諦めたくないのに、諦めないといけなくなるじゃん…。」
広瀬はため息をつき、一瞬だけ顔を伏せた。
そして顔を上げると、雪乃へ近づき距離を縮める。
雪乃のくしゃくしゃになった泣き顔を、困った表情で覗き込む彼。流れ落ちるその涙を、彼は優しく手で拭った。
「二礼さんは何も悪くないから、泣かないでよ。俺のこと…ちゃんと考えてくれたんだからさ。俺が傷つかないように言葉を選んで…思ってること伝えようってしてくれたの、分かってるから。」
広瀬の骨ばった手が、雪乃の頭に優しく触れた。
「うぅ……ごめんなさいっ…ひっ…。わたし…広瀬さんを傷つけてっ…。」
「謝らないでよ。俺は…誠実で真面目で、人のためを思って泣けるような人だからこそ、二礼さんを好きになったんだ…。」
そう言って広瀬は、浅く長い呼吸をした。
そして雪乃を力強く抱きしめる。
その突然の行動に雪乃は驚いたが、ほんの数秒後にその手は雪乃を解放した。
「…今日から、一緒に帰るのは無しにしよう?俺のことは気にしなくていいからさ。でも、もしまた何かあった時は…いつでも俺に頼ってくれていいからね。それじゃあ…また明後日ね。迎えも来てるみたいだし……帰り道のことは心配ないしな…。」
「えっ……?迎え…って…。」
雪乃の問に答えることなく、広瀬は軽く手をあげてその場を後にした。しばらくの間その場で呆然と立ち尽くしていた雪乃だったが、物陰から現れたその人物を見て目を丸くした。
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