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「雪乃ちゃん、お疲れ様。オープンからずっとフロアと中と全部任せっきりでごめんね〜。月末だから諸々の事務処理が立て込んでて...この後わたしも入るから。」
パソコン画面と睨めっこしていたのを一時中断しフロアに顔を出したのは、この店の店長、時透奏さん。
雪乃は一旦フロアを離れ、彼女と共にバックヤードへと向かった。奏さんは椅子に腰掛け、メガネを外して目頭を押さえた。そして、うーんと声を漏らしながら背伸びをする。その様子からして、少々お疲れのようだと察した。
奏さんは息子の浩一くんと2人家族の母子家庭なのだが、旦那さんは数年前に若くして病気を患い亡くなったと聞いている。現在はシングルマザーとして、旦那さんの夢であったカフェ経営を担いながら子育てを両立しているそうで...。シングルマザーの傍らカフェ経営までやってのける彼女は、雪乃にとって1番身近な尊敬する人だった。
「奏さんもお疲れ様です。月末はいつも忙しいですもんね。もう少ししたら広瀬さんが出勤しますし、それまで私ひとりで大丈夫ですよ、任せてくださいっ。」
そう言うと、雪乃はグッドサインを奏さんに向けた。
「そう〜?ほんと申し訳ない...それじゃあ、あともう少しだけ任せちゃうね、ありがとう。」
そしてまた、奏さんはパソコン画面と向き合いキーボードをカタカタと打ち始める。それから雪乃は、お客が来ないうちに食器類の後片付けをしようと厨房へ移動した。
数十分ほど経っただろうか、チリリンっとベルの音が鳴り、雪乃はまたフロアへと戻った。
「いらっしゃっいませ〜。」
入口へ視線を向けると、そこには顔見知りの男性が立っていた。襟足が長めの黒髪に金髪メッシュが入っていて、両耳には複数のピアスが付けられている。おおよそ180cmは超えているであろう高身長にスラッとした体つきの、見た目が派手な男性だ。しかし彼は、その見た目に反して以外な一面がある人物で…。
「十四郎くんか〜!いらっしゃっい。」
「雪乃さん、こんにちはッス!」
十四郎は満面の笑みで雪乃に挨拶をする。彼は時々、昼時になるとこの店にやって来るのだ。なんでも近くで働いているらしく、昼休憩になるとこの店に足を運ぶのだそう。
そんな彼が来店する度に見せてくれる屈託のない笑顔は、雪乃にとって癒しの源であり、密かな楽しみでもあった。
(十四郎くん今日も元気だなぁ〜...可愛い、癒される、ワンコだ...。)
「今日も仕事なの?」
「そッス、昼休憩入ったんで、また来ちゃいました!」
「お疲れ様、お好きな席にどうぞ。」
十四郎は雪乃と簡単な挨拶を交すと、いつもの2人掛けテーブル席へと移動した。そして、そうこう話しているうちに【健康生活】ノートを持参する物静かな男性は、会計を済ませて店を出ていった。
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