溶けて蕩けて、溺れてく。

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食後、二人は後片付けを共に行い、ソファに腰を掛けて(くつろ)ぎのひとときを過ごしていた。 「はぁ〜〜…雪乃の作ったナポリタン、めちゃくちゃ美味しかった…俺、幸せ…作ってくれてありがとう。」 「大袈裟だなぁ〜あれくらいだったら、いつでも作るよ?でも…そんなに喜んでもらえて、わたし嬉しぃ…。」 これほどまでに喜んでもらえるとは思っておらず、雪乃はつい照れてしまった。でも、素直に嬉しかった。途中、彼の”あの行動”には驚いてしまったが、それもまた良き思い出の一つになったと、心の中で幸せを噛み締める。そして、胸の内でずっと引っかかっていた話題を持ち出した。 「あのっ…十四郎くん、不快な思いさせて…ごめんね。さっきはその…あんな状況だったしっ…何となくしか話が入ってこなかったから…もう一度ちゃんと、聞かせて欲しいの。」 雪乃は、真剣な眼差しで十四郎を見つめた。彼は数秒ほど沈黙した(のち)、ゆっくりと口を開いた。 「俺の方こそ…手荒なことしてごめんな…。気づいたらもう、感情が抑えられなくなってた。…ここに来る前に俺が不機嫌だった理由も、それが原因なんだ…。雪乃はさ、気づいてないと思うけど…男に対するパーソナルスペースが…結構狭いと思うんだよね、俺は…。」 彼は言いづらそうに時折言葉を詰まらせていたが、言葉を濁したり、誤魔化したりはしなかった。雪乃の目を真っ直ぐに見て、真剣な眼差しで言葉を返す。 「以前からちょっと気になってはいたんだけど…雪乃が男と接する姿を見てるとさ…相手が勘違いしたり、期待させちゃうような距離感に思えるんだよ。雪乃は人当たりがいいから、距離感が近いと余計に相手は勘違いすると思うんだよ…下心持ったりさ。俺はこの2ヶ月、雪乃と一緒にいる時間の中で、そういうのを度々感じてたんだ…。だから、今日はちょっと…気持ちが抑えられなくなって…。」 (そっか…そうだったんだ…私、そういうの全然気にしたこと無かった…無自覚なんだ…。) 十四郎の想いを、悩みを、重く受け止めた雪乃。 もし彼の立場が自分だったら、同じように不快な思いをするだろう。自分以外の女性と距離を縮めて楽しそうに会話している彼を想像すると、胸が苦しくなった。そして雪乃は、自分の想いを語る。 「私…そういうの全然気にしたことなかった…本当にごめんなさい…無自覚、なんだろうね…。」 相手を勘違いさせてしまう行動をとってしまったら、いくら真剣に向き合おうとする真摯(しんし)な気持ちを持っていたとしても、意味が無い。 結果的にそれは、勘違いさせるだけでなく、相手を傷つける行為にまで発展する可能性もあると、広瀬との一件を思い返し、雪乃は納得した。 加えて自分自身にも危険が及ぶ可能性だって有り得るのだと、その考えにも行き着いた。 「私ね…以前、十四郎くんが働いてる美容院の前を通りかかったことがあったの。その時ちょうど、十四郎くんは女性と話してて…きっとお客さんなんだろうなって思った。」 雪乃は話を続ける。 「でもその時…その人の表情とか、十四郎くんとの距離感とか…やけにボディータッチが多い様子とか見てると…すごくモヤモヤして…嫉妬しちゃったの…。だから、今ならそれが分かる。十四郎くんにも、その時と同じように嫌な思いをさせたんだなって…本当に、ごめんなさいっ…。」 つい感情が昂ってしまった。気がつけば、涙が頬を伝っていた。 「えっ…泣いてるのっ?泣かなくてもいいのに…。俺の知らないところで、嫌な思いさせてたんだね…ごめんね…。」 そう言って、十四郎は雪乃を優しく抱き締めた。 嗚咽混じりに泣く彼女を、困った表情で見つめる。 彼は、雪乃の涙を服の袖で軽く拭った。
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